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高塚愛虹は、誰かといた。スーツを着た大人の男性。二人で談笑して仲が良さそうに見える。本当にこの男が犯人なのだろうか。
男が笑いながら急に彼女の首を絞めた。彼女は予期していなかったようで、驚いている。男は笑みを浮かべて、手に力を込めた。
「ウググ……」
首が痛い。息が苦しい。血行が止められて脳が膨張する。
「ボキ!」
首から嫌な音がした。
高塚愛虹は、全身が脱力して意識を失った。彼女の魂が体の外に出て、自分の死体を俯瞰で見ている。
「高塚は、この男に殺された」
犯人の顔は分かったが、彼の名前が分からない。
誘拐や連れ去りではなく、自分の意志で一緒にいたようだから、知り合いなのだろう。
ヨシタカは、高塚愛虹の霊に呼びかけた。
「彼は誰?」
「分からない」
「知り合いじゃないのか?」
「知り合いだけど、知り合いじゃない」
「どういうこと?」
「身元を知らない。お互い言わないことになっている」
「名前は?」
「カナティ」
「カナティ? ニックネーム? 本名は?」
「知らない」
「それも知らない? そんな人と二人で会っていたっていうのか?」
「そうよ」
「どうして?」
「お小遣いをくれるし、美味しいものを食べられたり、ブランド品を買ってくれたりしたから」
「どこで知り合った人?」
「アプリ」
「アプリって……。どこで何をしている人なのかも知らずに?」
「お金のある起業家っていうのだけは、プロフで知っていた。一番大事なところだから」
アプリで知り合った男と会って貢がせていた。思いもよらないことに戸惑っていると、高塚愛虹の霊はいなくなった。
ヨシタカは、目を開けた。レイの膝の上にいるチョールが「ニャー」と鳴いた。
「何か分かった?」
レイがさっそく収穫を訊いてくる。
「犯人の顔は分かったけど、知らない人だった。名前もカナティってことしか分からなかった」
「外国の人?」
「違う。どうみても日本人。多分ニックネームで、高塚愛虹も本名を知らなかったようだ」
「行きずりの関係ってこと?」
「昭和の表現だなあ。今はパパ活って言うんだよ」
「パパ活?」
「年上の男とお金を貰ってデートするんだ」
ヨシタカは、ガックリして犯人を捕まえる気力が失せた。
「こんなこと、知りたくなかった……」
「彼女の裏の顔を知って、ショックなのね」
「こんな時、どうすればいいんだ?」
苛立つ気持ちの治め方が分からない。
「辛い時はチョールをこうすると良いわよ」
レイは、チョールをギュウッと抱きしめた。チョールは、目をパチパチしながら前足をピンと伸ばした。
「ほら」
レイがヨシタカの膝にチョールを乗せた。背中を撫でると、実体がないのに感触がある。不思議な感覚を味わう。数回撫でると癒された。
「もうやめようかな。彼女の死は、俺と何も関係なかったんだよ」
「その男は、他にも犠牲者を出しているかもしれない凶悪犯かもよ」
「だからと言って、ただの高校生の俺にどうしろというんだ」
「犯人の顔を知っているのは、ヨシタカだけ。出来ることがあるはずよ」
「犯人逮捕は警察の仕事。警察に通報したって、下手をすると犯人しか知り得ない情報を持っていたってことで、俺が疑われてしまう」
身寄りのない子供の自分のことなんて、誰も歯牙にもかけないし、わざわざ助けてくれない。そんな悔しさを今まで充分に味わってきた。
面倒ごとには関わらない。ヨシタカが身に着けた処世術だ。
「彼女が自分の思っていた子じゃなかったってことに、怒っているのね」
「うん……。そんな子とは思わなかった……」
「自分の理想と違ったから、殺されても構わないとでも?」
「そこまでは思わないよ」
「あなた、彼女に自分の理想を押し付けていることに気づいている? それって、エゴだから」
「手厳しいな」
自分の理想と違ったとしても、殺されて当然とは思わない。彼女にも、この先、生きてく権利はあったし、生きていて欲しかったと思っている。
「レイの言う通りだ。俺にどこまで出来るか正直分からないが、もう少しやってみるよ」
あの男は犯行に手慣れていた。一見紳士に見えたが、本性は冷酷で残虐であった。レイが言うように、表の顔に騙されている者が他にもいて、これから第二第三の高塚愛虹が出るかもしれない。それどころか、すでにいるかもしれない。
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