従兄

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従兄

 それからしばらくは、事件に関わることなく普段通りの日常生活を送った。  登録したアプリを開かずに、朝刊配達、学校、夕刊配達、アーバンイーツのサイクルを毎日こなした。  忘れたわけじゃない。どこで何をしていても、常に頭の片隅に残っている。  だけど、ヨシタカにだって生活がある。  朝刊配達を済ませて販売店に戻ると、社長から、「集金のパートさんが急に来られなくなってしまった。今月だけでも集金を頼めないかな。300軒ほどなんだが」と、頼まれた。  個人宅の集金は、在宅している日を狙って回る。土日夜間が中心なので、ヨシタカでもやれないことはない。 「分かりました」 「すまないね。月末までに頼むよ」  販売店の自転車を使って住宅街を集金して回っていると、「由貴(ユキ)じゃないか」と聞き覚えのある男の声がした。  その瞬間、ヨシタカの心臓がバクバクして大粒の汗がこめかみから流れた。  自分を「ユキ」と呼んだことから、顔を見なくても誰か分かった。  立ち止まって恐る恐る振り向く。思った通り、従兄の能生(よしお)だった。中学まで同居していた親戚の子。そして、ヨシタカが家を出た一因でもあった。 「やっぱり、ユキだ。集金? 新聞奨学生になったってのは、本当だったんだな。今、どこで暮らしているんだよ。高校は行っているのか? 全然連絡がないから、親父たちも呆れているぞ。世話になったのに恩知らずだって」 「……」  高速でまくし立ててきて、答える隙を与えない。  能生が近づいてきて、ヨシタカをジロジロ見た。 「なんか、より男に近づいたな。もう少しお洒落したらどうだ?」  ヨシタカは、ショックを受けた。それだけは言われたくなかった。  集金は終わっていなかったが、その場からとにかく離れたくて、自転車に乗って逃げ出した。 「あ、おーい! まだ話があるんだよ!」  呼び止められたが無視して、姿が見えなくなるまでペダルを漕いだ。  充分距離を取ったところで、停まった。 「ハァハァ……」  従兄に再会して、嫌な過去を思い出した。それだけでなく、触れられたくないデリケートな部分にまで、ずけずけと踏み込まれた。嫌な気分になって落ち込んだ。 「なんでいつも、こっちの神経を逆なでしてくるんだろう」  心がざわついてイライラが止まない。  仕事する気を無くし、そのままザクロ邸に帰った。
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