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翌日から、アーバンイーツを口実に訪問を続けた。緋沙子が店内にいるのを確認すると、デリバリーをこなす。終わるとすぐ店に戻る。そうやって、それとなく見張った。
店内にいない時は、奈津子から所在を聞き出した。大抵は、友人とどこかへ遊びに行っていた。緋沙子の帰りが遅い日は、閉店時間を過ぎても奈津子は店で帰りを待っていた。ヨシタカも外で待った。緋沙子の帰宅を見届けると、ようやく自分もザクロ邸に帰った。
数時間後には、朝刊配達がある。充分な睡眠が取れない重労働であったが、自分が倒れるまで続けようと、半ば意固地になって頑張った。
緋沙子の夜遊びが連日に及んだので、奈津子に心配じゃないかと訊いた。
「最近、出歩くことが多いですね。前はもっと店にいたのに」
「店の手伝いばかりさせてきたから、少しは年相応に遊ばせてあげようと思っているの。私も高校生の頃は、遊びたいだけ遊んできたから、あの子に禁止できないわ」
夜遊びの楽しさを知っているからと、笑って答えた。でも本音は、寂しくて心配なはずだ。
「誰と会っているか、把握していますか?」
「あまり深く詮索しないことにしているの。親に内緒にしたいこともあるでしょう。私もそうだった。今思うと悪い娘だったわね。でも、そうやって大人になっていくと思うのよ」
娘を信頼している証なのだろう。
ある時、ヨシタカがレンタサイクルでデリバリー中、繁華街で緋沙子を見かけたことがあった。一人で歩いていて、友人らしき姿はなかった。
「こんな時間に一人で繫華街? ……まさか」
嫌な想像をしたヨシタカは、急ブレーキで停車させると後ろ姿を目で追った。すでに、人混みに紛れ込んで見失ってしまった。
「レイ! レイ!」
頭の中で呼びかけると、レイの声が返ってきた。
「何?」
「今、緋沙子さんがいた! 一人で雑踏を歩いていた!」
「それで?」
「見失ってしまったんだ! チョールで追いかけてくれないか?」
「チョールはそんなことをしない」
「俺を追いかけてきたじゃないか! 嫌な予感がするんだ。彼女は……、彼女は……」
ハッキリと言葉にするのを躊躇う。
「パパ活で、バラバラ殺人鬼と会うのかもって、心配しているの?」
「そうだ。考えたくないが、奈津子さんに黙って、アプリで知り合った男と会っているような気がしてならないんだ」
「確かに私は不幸な予知をしたけど、その子と前に殺された子につながりはない。それでも同じような目に遭うかな?」
「ああ、そうだ。俺も、たった今まで、そんな偶然が起きるものだろうかと疑問に思っていた。だけど、気付いたんだ。一つだけあったんだよ。緋沙子さんと高塚愛虹に共通するものが」
「それって、何?」
「俺だよ」
とんでもない真実に本当は気付きたくなかった。だけど、ヨシタカはたどり着いてしまったのだ。
一見、何の関係もないはずの女子高生二人。彼女たちに共通点があったとしたら、それは自分だ。自分の存在によって、同じ不幸を呼び寄せてしまったとしたら、緋沙子は最悪の結末を迎えてしまうだろう。
「なるほどね。確かにそうかも。分かった。チョールを行かせるから」
「ありがとう。今ならこの辺りのどこかにいる。俺は、配達がある。済ませたらすぐに戻る。先に探していてくれ」
ヨシタカは、配達を再開した。急いで商品を届けると、先ほど見かけたところまで取って返した。
少し離れた場所から、巨大なチョールが繫華街全体を覆っている姿を見て、度肝を抜かれた。
猫というものは、人の足元をちょろちょろ動くものだと思っていたヨシタカは、想像とあまりに違ったので唖然とした。
「チョールがでかい!」
「上から捜しているの。その方がてっとり早いから」
チョールは緋沙子の顔を知っている。群衆の一人一人をまとめて判別していた。
そのうちに見つけたらしく、レイから連絡が来た。
「いたみたいよ。西口のカラオケボックスの前だって。車に男と乗ろうとしているようだから、急いで!」
「西口だな!」
すぐに向かおうとしたが、人が多くて進むのに手間取った。
どうにかカラオケ店に到着したが、緋沙子の姿はすでになかった。
「間に合わなかった! 追わなければ……。でも、もう無理……。足が動かない……」
睡眠不足のまま走り続けていたヨシタカは、体力の限界を迎えていた。これ以上、自転車を漕いで車を追うことが出来なかった。
緋沙子は、それっきりどこかへ行ってしまった。ヨシタカと奈津子の前に、二度と現れなかった。
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