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退去
仕事を終えると、まっすぐ家に帰る。
「あれは、本当に霊だったのか……」
殺人鬼に殺された少女の霊が何故か自分の前に現れた。だけど、悲鳴を上げて逃げてしまった。
近づくものを追い払っているのだろうか。それとも助けを求めているのだろうか。いずれにしても可哀そうな霊だ。
悲鳴を上げて悪いことをしたかもと、何となく気になる。かといって、わざわざ出向いたところで何が出来るというのだ。
そんなことをつらつら考えながらアパートに戻る。
待ち構えたように、大家の息子が現れて近づいてきた。そばには不動産屋までいる。
「ああ、帰ってきた」
「こんばんは」
大家の息子のことは、なんとなく苦手である。
「この後、時間あるかい?」
「何か御用ですか?」
大家の息子と不動産屋。嫌な予感がする。
かつて遅れがちだった家賃の支払いだが、今ではきちんと間に合わせている。追い出されることはないはずだ。
大家さんはおおらかな人で、ある時に払ってくれればいいと多少遅れても何も言わないでいてくれたが、息子は違った。
いつものように月初めに支払いに行ったところ、息子が受け取って、「支払日は守ってくれなきゃ困るよ」と注意されたことがあった。家賃の支払いが25日。バイト代が入るのが月末で、常習的に月跨ぎとなっていた。優しい大家さんに甘えていたが、息子に注意されてからは、バイト代を前借して25日に支払うようにしている。
それからずっと苦手意識がある。
「先日、おふくろが入院して、私がアパートの管理を任された。それで、取り壊すことにした」
「え!」
それはつまり、住む家が無くなるということだ。ショックだ。
「悪いけど、来月中に出て行ってもらいたい」
「分かりました……」
このアパートは古くて狭くて安い。同じような物件が借りられるかどうか心配になる。何より自分は身寄りがなく、保証人を立てられないのと、まだ16歳の子供に貸してくれるところはほとんどない。ここの大家さんはとても理解があって、こんな自分に部屋を貸してくれた恩人でもあった。
隣にいた不動産屋に尋ねる。
「同じような相場の部屋はありますか?」
「今はないけど、探してみますよ」
やる気のない返事。
このアパートには他にも住民がいる。彼らもまた、同じ条件で部屋を探すだろう。自分に回ってくるのはずっと後になる。絶望的だ。
「君ってまだ高校生なんだろ? その歳で自活しているのは立派だと思うが、親戚の世話になるか、施設にでも入った方がいいんじゃないか?」
「それは……」
どちらも嫌だった。施設に入るなんて、監獄に入るようなものだ。
中学までは親戚の家にいたが、良い思い出はなかった。卒業後、自立すると啖呵を切って出てからは、生活費と学費を自分で賄って生きてきた。今更戻れない。
家賃が安かったこの部屋には、本当に助けられた。それを失い、これからどうなるのかと大いに不安になった。
あっという間に一カ月が経ち、情け容赦なくアパートを追い出された。結局部屋は見つからず、行くところがないので今夜の宿を探さなくてはならない。わずかな着替えをデリバリーバッグに詰めて町を彷徨い、目についたネットカフェを取り急ぎ選んだ。
最初の一週間は、思ったより快適に暮らせそうだと思っていた。しかし、毎日のこととなると、次第に支払いがきつくなってきた。
財布の金を数えては、ため息をついた。金の減り具合が目に見て速くなっている。
背に腹は代えられない。ネカフェ代を稼ぐため、フードデリバリーの仕事を再開することにした。
いつものレンタサイクル屋で自転車を借りると、スマホを眺めてオーダーを待った。
「ピロリン」
「来た!」
思ったより早くて喜ぶ。
配達先は、ピックアップ後に分かる仕組みになっている。
店に向かい、料理をピックアップすると、デリバリーバッグに入れて配達先を確認。
「ここって!」
赤いピンは、ザクロ坂の例の場所に刺さっていた。
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