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呼び寄せ体質
「嫌だなあ」
思わず本音が漏れる。
誰も住んでいないのに注文が入る訳がない。あの子が食べるはずもない。口がないのだから。しかし、ピンが刺さっている。また、首なし少女が出てくるのかもしれない。そして、目が四つ、耳が四つの化け黒猫。
「やばい……」
目の奥がズキズキ痛んだ。幽霊や物の怪に遭うと頭痛が起きる。
普段は霊アンテナをオフにしている。あの時は、それでも無視できないほどの強烈な霊気だった。
ヨシタカは、今まで様々な恐怖体験を持っている。
まだ幼かった頃。自転車で坂道を上っていると、無人の車が下ってきて轢かれそうになった。
中学生の時。ホーム端を歩いていると、下から青白い手が伸びてきて足首を掴まれ、ものすごい力で引っ張られた。線路に落ちそうになっていると、近くの人が気づいて助けてくれた。ホーム下に人はいなかった。家に帰って足首を見ると、手の形に青あざが残っていた。
これも中学生の時だが、橋を渡っていると通行を邪魔するように小さな老婆が座っていて、「お前のせいだ、お前のせいだ」と、自分に向かってブツブツと恨み言を言われた。避けたが、すれ違いざまに下半身に抱きつかれた。必死に振り払うと目の前で消えた。老婆は幽霊だった。何もしていないのに、怒られて脅かされて、ショックで精神的なダメージを負った。
このように、昔から悪霊に何度も襲われている。
彼女はどうだろうか。
ピンずれが2回も起きるということは、これはもう、わざとだろう。自分を呼び寄せているのだ。
「それとも……」
もう一つの可能性を探ってみる。
「無人と思い込んでいたけど、誰か人がいるとか? 勝手に住んでいて……」
それはそれで、ちょっと怖い。
バックレたい気分だが、料理をピックアップした以上、行くしかない。
ヨシタカは、レンタサイクルの後輪を持ち上げてザクロ邸の方に向けた。
ザクロ邸に到着すると、足音を忍ばせて鉄扉をくぐる。
前回と違うのは、まだ夕方で外が明るいということだ。そのため、あの時に気づかなかったが、今回はいろいろな場所に目がいく。
ザクロ邸の敷地には、話の通りに大きな柘榴の木があったが、そのほかにも何本もあって、ここがザクロ坂のザクロ邸と呼ばれているのも納得がいった。
中庭には、女神の彫刻とライオンの噴水が置かれている。
レンガ敷きのテラスとウッドデッキ。大理石のテーブルと豪華なソファ。ここでお茶会やホームパーティーが日夜催されていたのだろうか。
しかし、建屋も庭も全体的に傷みが激しく蜘蛛の巣だらけ。人が住んでいれば、ここまで荒れ果てなかっただろうに。
裕福で愛に溢れた幸せな家庭が、たった一人の殺人鬼によって一晩で崩壊したと思うと恐ろしくなる。
首なし少女の霊は、現世に未練があって留まっているのだろうか。化け黒猫は、彼女のペットでずっと見守っているのだろうか。
「やっぱり帰ろうかな……」
配達料を諦めて帰ろうとしたその時、「帰ってはダメ」と高貴な女性の声が聴こえた。
「帰っちゃダメ?」
「ええ。ダメ。これは、あなたの人生にとって必要な出会い」
声の主は、ヨシタカの指導霊アルルである。彼女は、中世フランスに生きた貴婦人で聡明な美女。必要な時に現れては、ヨシタカが道を踏み外さないよう正しい生き方を指導してくる。元々真面目な性格ではあるが、彼女がいるから間違った道を選ばずにすんでいる。その彼女が必要な出会いというのだから、そうなのだろう。
「それから、汚れをそのままにしないできちんと掃除をしなさい」
玄関先に前回落とした料理がそのまま放置されている。これは完全に自分が悪い。
「分かっているよ。俺は逃げない。首なし少女の霊からも、掃除からも」
覚悟を決めて呼び鈴を押す。
ギィーと、重たい音と共に扉が動き、首なし少女の霊が現れた。腕に抱いている化け黒猫の四つ目がヨシタカを真正面から見据えている。
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