呼び寄せ体質

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「アバ、アバ、アーバンイーチュで、す……」  どもった上に噛むという失態を犯す。最悪。 「……」  首なし少女は何も言わない。口がないから当たり前。頭がないから頷くこともない。ただ静かに佇んでいる。  腕の中の化け黒猫が「ニャー」と鳴いた。彼女の代理で返事しているように見えた。 「あ、あの、料理をお持ちしました」 「あなた、前にも来たわね」  少女の声が聴こえてきて驚いた。 「口がないのに話せる⁉」  よくよく考えてみると、頭の中に直接話しかけてきている。アルルと同じだった。 「頭の中に直接交信してくるんですね」 「あなた、私の声が聴こえているの?」 「そうみたいです」 「嬉しい!」  笑ったのか、声が小さく弾んだ。 「あの、これをどうぞ」  商品を差し出したが「いらない」と断られた。 「あなたが食べて」 「でも……」 「私は食べられないもの」  じゃあ、なぜ頼んだと思ったが黙っていた。『必要な出会い』というアルルの言葉が頭の中でリフレインする。  どういう仕組みなのか、アプリ上では配達完了となっていた。  玄関の奥を見ても、人の気配はない。この館には、本当にこの子と黒猫しかいないようだ。 「えっと、俺の名前は木佛(しきみ)ヨシタカです。名前を教えて貰っていいですか?」 「柘榴(ザクロ)レイ。この子はチョール」  化け黒猫の頭を撫でた。 「人が訪ねてくるのは、とっても久しぶりの気がするわ」  話してみて分かったのは、彼女には全く敵意がないということだった。  悪霊ではない。無垢な子供の霊である。 「あの、先日は驚いて、汚したまま帰ってしまってすみませんでした。掃除します」 「奥にバケツとモップがあるから使っていいわよ」  場所を教えて貰って、バケツとモップで掃除をした。  数分で玄関が綺麗になった。これでアルルも納得してくれただろう。 「それにしても、必要な出会いって、どういうことだろう?」  分からなければ聞けばいいと思うだろうが、アルルは「自分で答えを見つけなさい」とヨシタカを突き放すのが常なので、聞くだけ無駄である。  いろいろ聞きたかったので、中で料理を頂きつつレイと話すことにした。  テーブルを使わせてもらい、料理を袋から取り出す。中身は、カフェのクラブハウスサンドイッチとミルクティー。クラブハウスサンドイッチなど、ヨシタカは食べたことがなかったのでワクワクしながら齧った。トーストに挟まったチキン、シャキシャキレタス、肉厚トマト、粒々からしマヨネーズの旨味が口いっぱいに広がる。こんなに美味しいサンドイッチは初めてで、これからも食べることはないかもしれない。ヨシタカは、半分涙ぐみながらしっかり味わった。  レイは、ヨシタカのそばにずっといた。チョールがヨシタカの食べる姿をずっと見ている。  至福の時間は、あっという間に過ぎ去った。 「ご馳走さまでした。とても美味しかったです」 「良かった」  さっそくレイに訊く。 「こんなことを訊いていいのかどうか分からないけど、嫌なら答えなくていいです。レイはここで殺されたんですか?」 「分からない。何も覚えていない。いつの間にかここにいた」 「そうですか」  頭がないから記憶もないのだろうか。  でも、殺された時の記憶を失っているのは、彼女にとって幸せかもしれない。その時に受けた痛みや恐怖に囚われなくて済む。
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