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レイがチョールの頭部をコチョコチョすると、ゴロゴロ喉を鳴らして気持ちよさそうに下の目を閉じた。上の目は見開いている。
「レイは周りが見えているのかい?」
「チョールが私の目と耳の替りをしてくれるから、不自由はない」
「どういう意味?」
「チョールの目と耳を通して、私に伝わる。チョールがあなたの顔を見ているから、あなたの顔も分かる。チョールが外に出かければ、私はここにいながら外の景色を知ることが出来る。誰かが入ってくれば、チョールが偵察に行って、私は家にいながら誰が来たか分かる」
便利だ。
「だから、チョールには、目が四つ、耳が四つあるのか」
それぞれ一組はレイ用ということだ。
「ここに人が来ることってある?」
「たまに入ってくる。でも、私が姿を見せれば、たいてい悲鳴を上げて逃げて行っちゃう」
首なし少女の霊に遭遇すれば、大方の人は恐れおののいて逃げ出すだろう。霊能力者のヨシタカでさえそうだった。
「俺もそうだった」
「そんなに怖い?」
レイが哀しそうな声になる。ヨシタカは、気の毒になった。
「レイが悪いんじゃない。あの時は、霊に遭遇する覚悟がなかったから逃げたけど、分かっていれば逃げない」
「今は平気ってこと?」
「ああ、こうして話してみると、全く怖くないね」
レイは、「良かった」と言った。
「そろそろ行かなきゃ」
「帰っちゃうの?」
「ああ」
「家はどこ?」
「家は、ないんだ」
「どうして?」
「いろいろあってさ」
事細かに説明する気にはなれないから、言葉を濁した。
ヨシタカが帰ろうと立ち上がると、レイが引き留めた。
「ここに住めば?」
「どうして?」
「私を見て逃げなかったのは、ヨシタカが初めて。だから、ここで一緒に暮らしましょう」
「いやいや、そんな勝手なことは出来ない。ここは人の家だ」
「大丈夫。私が許可する」
確かに、レイがこの家の娘であるなら正当な相続人だろう。それは、今も生きていればの話だ。
「レイ、君はもう死んでいるんだよ」
「私は、ここでこうして暮らしている」
「そうだけど……」
この調子では、誰かがここに住もうとしても、日夜驚かせて追い出しそうだ。
「私、ずっとずっと一人だった。チョールがいるから寂しくないけど、話し相手がいなかった。ヨシタカなら話し相手になってくれるでしょ」
困ったヨシタカは、アルルに相談した。
「アルル、どうしようか」
呼びかけに応じて、舞踏会のようなドレス姿のアルルが出てきた。レイとチョールは驚いた。
「どなた?」
「レイ、彼女はアルル。俺の指導霊だよ」
「初めまして」
アルルは、ドレスの両端を軽くつまんで優雅に腰を落としてレディの挨拶をした。
「初めまして。綺麗な方ね」
レイは、すっかりアルルを気に入った。
「アルル、俺にここに住めと彼女が言うんだけど、どうしようか」
「流れに任せていいでしょう。すべては必然です。出ていく時が来れば、そのようになります」
「すべては必然?」
アルルは、ここですべき使命がヨシタカにあると言いたいようだ。それは、殺人鬼の正体を突き止めて、レイの首を探せということだろうか。そんなことが出来る自信はないが、アルルが言うように、流れに乗ればよいのなら、なんとかなりそうだとヨシタカは考えた。
「アルルがそういうなら、追い出されるまで、ここに滞在させてもらうかな」
無料で家に住める。それは、お金のないヨシタカにとって天の恵みである。
ただ、ここには電気もガスも水道もない。灯りはロウソク。かまどは薪、水は井戸水。サバイバル生活を覚悟しなければならないが、ないよりマシと考えた。
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