高塚愛虹

2/5

55人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
 高塚愛虹(あいこ)の事件後、ヨシタカはザクロ邸に閉じこもり、学校も新聞配達もアーバンイーツも行かないで、生きる屍のような顔付になって幽霊のような生活を送っていた。  彼女との関係で変わるかと思われたヨシタカの日常は、結局何も変わらなかった。少しだけ受けられた非日常の刺激は、ヨシタカの何かを変えるほどではなかった。それでも、何故か心のどこかにぽっかりと穴が開いている。  焼きそばパンを差し出す彼女の姿が、目に焼き付いて離れない。 「いつもそうだ」  幸せになりそうだと思うと、それを打ち消すように大きな不幸が訪れるのだ。  暖かな家庭で両親と笑いあっていた幼少期の日々。ある日、全てを奪われて一人ぼっちになった。 「俺は疫病神なんだろうか?」  暗い家の中で、毎日鬱々と過ごしているヨシタカにレイが話しかけた。 「最近、元気がないわね。学校にも仕事にも行かなくなって、何かあったの?」 「幽霊にも同情されるなんてね。俺、死相が出ていないか? もう死ぬのかも」 「まだ死相は出ていない」 「あ、そう……」  レイの自虐ボケ潰し。 「何をそんなに落ち込んでいるのよ」 「大切な人が亡くなった。これが落ち込まずにいられるか」 「大切な人なんていたんだ」  カチンときたが、幽霊相手に熱くなるのもバカバカしい。  ヨシタカは、努めて冷静になる。 「いたさ。唯一の友人……になったかもしれない人。誰かに殺された。殺されてバラバラにされて捨てられて……」  故人を侮辱するようで、口にするのも憚られる。 「犯人は分かっているの?」 「分からない」 「ヨシタカが捜してあげれば?」 「俺が?」 「そうよ。やらない理由なんてある? その友人は、殺されて悔しい思いをしているでしょう。あなたが犯人を捕まえて、その子の無念を晴らしてあげなさいよ。友達だったんでしょ?」  幽霊なのに、ド正論を吐いてくる。 「……直視できない」 「え?」 「犯人を捜すには、彼女が殺された瞬間を霊視する必要がある。それが怖い。彼女の苦しむ姿を見たくないんだ」  高塚愛虹が苦しんで死ぬ瞬間や、バラバラにされる場面を霊視するなんて、精神的に耐えられる自信がない。  ヨシタカは、母が殺される一部始終を霊視で見ていた。死の間際の苦しみ。意識があるまま死んでいくことに慄く母。顔が土気色に変わり、瞼を閉じる瞬間まで。正視に堪えない残酷な光景。  その後、死体はバラされた。バスタブに無造作に突っ込まれて、頭の上に脚が乗っかって、血まみれの右手がバスタブからはみ出ていて、「こっちにおいで」と呼んでいるようだった。見たことを後悔するには充分だった。  同じような光景を高塚愛虹でまた見ることは、とても辛いことだ。 「ああああ……、おええ……」  今でもその情景を思い出すと叫びたくなり、その後に吐き気を催してしまう。体が拒絶反応を起こす。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加