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クリスマス
色とりどりに輝く街中を、幼馴染と二人で進む。
だいぶ暗くなった空と、それに対抗するように光輝くネオンライト。道行くJKが、オレらを見るなりきゃあきゃあと話に花を咲かせた。いつもそうなのだが、この幼馴染と歩くといつにも増して周りから視線を感じる。
「いつになく賑やかなクリスマスだね」
「京華ちゃん」と、隣のイケメン幼馴染ーーー笹川烈火はオレの顔を覗き込んだ。いつも着ている見慣れた制服姿。寒いらしく、今日はマフラーもしていた。赤いチェックのマフラー。どこにでもありそうなものなのに、特別なものみたいにキラキラしているのは何故だろうか。これがイケメンの力ってやつか。ブレザーもよく似合ってて何より。オレなんかよりよっぽど。おんなじものを着てるはずなのに、悲しいねぇ。
ひとまず、返事しないのもどうかと思い、あぁ、うん、そうだな。と、いつと比較してそう言ってるのかわからないが、曖昧にそう言って頷く。特にそんな賑やかという印象も受けまい。いつのどこと比較して賑やかという判断を下しているんだ。
「…………本当はそう思ってないでしょ?」
さすがは幼馴染と言ったところか。嘘をいとも容易く見抜かれてしまった。それともオレが全く隠そうとしていないからなのか。あぁ、うん、そうだな。そうやってまたもや曖昧な相槌を打ったら「おい」と呆れた顔して、大袈裟にため息をつかれてしまった。
「人の話は、ちゃんと聞かなきゃだめだよ」
笹川はそう言って「やれやれ」とわざとらしく首を左右に振った。なんだ、その反応。オレは笹川の話をきちんと聞いている。笹川の話ならなんでも真剣に聞く自信がある。それでも、おんなじ反応をすることしか出来ない。っつーか、反応しただけ偉いと思う。まったく、褒めてほしいね、いつもの調子で。偉いね、京華ちゃーん! ってね。
「水成と行けば良かったのに」
「断られた」
「あーそうなのね」
さっきとおんなじ調子で曖昧に頷いて、笹川の表情を伺えば、あっけらかんとした表情を保っていた。出来ればオレもそんなふうに平然とした顔でいたいのだが、心の底から湧き起こる動揺や焦りや不安、それと同じくらいの期待に表情筋を支配されている。そんな顔できない。
「なぁ、笹川」
「ん?」
「オメー、これからどこ行くかわかってる?」
「え、パンケーキ専門店でしょ?」
わかってるのならいいのだが、実際、行く場所が問題なのではない。問題なのは、そこで何をするか、なのだ。
「あ、あそこ、あそこ!」
笹川の指が指す方を追えば、そこには煌びやかなデザインのパンケーキ専門店が聳えていた。その入り口から少し伸びている列。まあ、見た感じは15分といったところだろうか。15分待つことは別にいいのだ、それはいいんだ。むしろ大歓迎。好きなやつといられる時間は素直に嬉しい。それより気になるのは、この店の客層である。目に入る半分は女子の二人組。もう半分は男女の明らかに恋仲であろう二人組だった。
「意外と空いてるね。早く並んじゃおうよ」
手招かれるがままに、列の最後尾に着く。今日はクリスマス。そして、今日という日、笹川がだいぶ前から行きたい行きたいと騒いでいた人気のパンケーキ専門店は、とあるサービスをしていた。そのサービスというのが『ペア割』である。今日、クリスマスに、ぴったり二人で仲良く来店したお客さんは、この店の看板メニューを2割引きで食べれるそうだ。その嬉しいサービスを耳にした笹川が食いつかないわけもなく。こうやって、帰りがてらにオレと来ているわけだ。見た感じ、男同士で来ているのはオレと笹川のみだ。いや、男同士で来るななんて言ってるつもりは毛頭ない。別に誰が誰と来ようと正直言ってどうでもいいのだ。ただ、なんか、ねぇ? オレは笹川に好意を寄せているわけで、その、なんか、いや、違うんだけど。違うんだけど……、違うんだけどな! デートみたいだなぁ、だなんて思っちゃったりしているのだ。あぁ、もう、恥ずかしいな、オレ。普段ならば、こんなにも意識しなかっただろうが、何せ周りがカップルばかり。そして、街はこんなにもクリスマスだと騒ぎ浮かれ、煌めいている。その中に紛れてると、オレらもカップルみたいだなぁだなんて……ーーー
「京華ちゃん」
「へ?!」
急に喋りかけられ、慌てて笹川の方を見る。真冬で空気は冷たいはずなのに、顔がこんなにも熱いのはきっと気のせいだろう。笹川はそんなオレのこと気がついてないようで、平然と話を進める。
「京華ちゃん、あんまり甘いの好きじゃないけど普通にパンケーキ食べる?」
「あ〜……食べるよ。流石に看板メニューのあれは食べれねぇけど、あのバニラ乗っかったヤツは食べてみたい」
ちなみに、看板メニューというのは、ふんわふんわのパンケーキの上にキャラメルソースをかけ、バナナをたくさん敷き詰めて、それをまたふんわふんわのパンケーキでとじて、その上にまたキャラメルをかけて、その上に溶けたプリンみたいなのを乗っけ、砂糖ふりかけてナッツとバナナを乗っけて、金箔とチョコで飾っためっちゃめっちゃに甘そうなパンケーキである。めちゃめちゃに甘そうで、めちゃめちゃに笹川が好きそうだ。
「あぁ、あれね! オレも美味しそうだと思った〜っ!」
「そうか。なら、一口あげるよ」
「え?! いいの?!」
オレのその言葉に、そう無邪気に喜ぶ笹川。本当にこの人は甘いものに目がないーーー否、甘いものにしか目がいっていない。こんな周りがカップルだらけなこととか、その中でクリスマスの雰囲気に酔ってオレが浮かれちゃってることとか、この鈍感な男は気がつかないのだ。そんな男を好きになってしまったオレも呆れるほどの馬鹿野郎だ。
*
こちら、当店の看板メニューキャラメルなんたらなんたらなんたらパンケーキです。そういった呪文のようなものを唱える店員さんに差し出された大きなメニュー通りのパンケーキに、笹川は驚きの声をあげた。
「え、やば、え……、美味しそう」
口に手を当て何度も美味しそうという言葉を洩らす笹川。オレの元に運ばれてきた小さなパンケーキにも笹川は目を輝かせ「美味しそう」と言葉を洩らしていた。人間って、本当に好きなものとか見て限界に達すると語彙力って無くなるんだなぁ、としみじみ。
そんなことをオレが考えている間に、スマホをスッと取り出し、45度の角度でパンケーキをパシャリパシャリ連写する笹川。それを見てオレもスマホを取り出した。そうだ、撮らないと。これが近頃の若者の食事マナーだと聞いた。パシャリパシャリと嬉しそうにパンケーキを撮る笹川。オレもしばらくパンケーキを激写していた。しかし、飽きる。
そして、飽きて顔を上げた時、この目に映るのは、笹川のとっても嬉しそーな顔。ここだけで収めとくのは勿体無い。体育祭の時とは違うのだ、この手の中にはスマホがある。少し盗撮しようと、スマホを笹川に向けた。普通のカメラアプリだと音がしちゃうので無音のカメラアプリでこっそりと、ね。
「……………ちょっと」
写真を撮る手を止めて、顔を上げるとそこにはジトっとした目でこちらを見ている笹川がいた。やばい。
「どした」
「どしたじゃなくて、ね?」
「盗撮はだめだよ」そう言って笹川は、不機嫌な顔のまんまオレの方にスマホを向けた。そして、スマホからカシャと歯切れのいい音を鳴らす。
「あ、撮影料取るよ」
「全くそのまま京華ちゃんに返すよ。なんで、パンケーキじゃなくて、パンケーキを撮ってるオレの姿を撮るのさ」
「………あ〜、なんか嬉しそうな顔してるなって思って」
不服そうな顔でそう尋ねられ、もうなんと言うべきかわからないまま、正直に言葉を紡ぐ。もうどうとでもなれ。さも当たり前のことを言うようにそう言うと、笹川は深く深くため息をついた。
「京華ちゃんってほんとに人たらし」
「はぁ?」
それを言うならあんたの方では?! と言おうとしたが、それは本物の人たらしーーー笹川の言葉によって遮られる。
「パンケーキは、美味しいうちに食べないとね! 時間命!」
先ほどまでの不機嫌さが一転、笹川はニコニコと機嫌を取り戻した。そもそも、そんなに不機嫌じゃなかったのかも知れない。
いただきます。今すぐにでも食べたそうなのに、しっかりと言うあたり、育ちがいいんだなぁと思う。それを見習ってオレも手を合わせる。
「ん〜! やば!」
貴族みたいな優雅さで、あのめちゃめちゃ甘そうなパンケーキを食す笹川。オレはその様子をじっと見てた。あくまでバレない程度に。バレたらさっきみたいに怒られてしまうかもなので。大きくお口を開けて、もぐもぐ。噛めば噛むほど頰を紅潮させ満面の笑顔を浮かべた。美味しいってことが言わなくても伝わってくる。それでも「美味しい?」って聞いてみる。
「美味しい?」
「美味しい!」
「ふふっ、そっか」
「京華ちゃんも食べる?」
「やめとく。そんなに美味しいなら笹川が全部食べな」
彼はきょとんと目を見開いて、それからありがとうと礼を述べた。しばらく、笹川がパンケーキを食べるのを見つめる。あまりにも嬉しそうに綺麗な笑顔を浮かべるので、また写真を撮りたくなってしまった。嫌がられそうなので、スマホは取り出さなかったが。それから、小さく一口サイズに切ったオレが注文したパンケーキを差し出した。
「笹川、はい」
「え、まっ、京華ちゃん、いいの?」
「何? あげるって言ったじゃんか」
「それはそうだけど……!」
「やっぱり、すごいな」笹川は信じられないものを見るようにしてこちらを見た。そんな顔されるとは思っていなかったので、何かしてしまったのかと焦る。ひとまず、謝るのが正しいのか。いやでも、何でそういう反応されてるかわからないのに謝るのは駄目なのでは。とりあえず頭が混乱を極める。
「えっと……、あ〜、ごめん」
「違う違う、謝んないでいいよ。ただ自分が食べたいもののさ、一口目を相手にあげられるって凄いねって話」
笹川はいつになく優しい笑みを浮かべて「一口目は自分で食べるもんだよ」と同じように優しい声色で言った。オレはただ呆然と笹川を見る。
「……オレは、笹川に食べて欲しいからあげてんの」
「え」
「大切な一口目をあげたいの」
自分より大切な君だから。声には出さずにそう付け加える。笹川は「そっかそっか」と言いながら、じゃあ頂くね、と笑った。これはあれだな、笹川のお兄ちゃんスキル発揮ってとこだな。笹川は妹がいるからなのか、ことあるごとに人を甘やかす。これでは、オレが駄々捏ねてるみたいじゃないか。いや、一口目をあげたいって確かに駄々捏ねてるのか。もう高校生にもなったやつが。途端に恥ずかしくなったが、言ってる内容に嘘偽りなんてないから、恥ずかしがる必要なんてない。そう思ってても、駄々こねてそれで笹川にーーー好きな人に慰められてるという事実が恥ずかしい。
あ、と口を開けて、ん、と閉じる。それから何度もパンケーキを咀嚼する。咀嚼するたびに、笹川の顔は明るくなっていった。ごっくん。飲み込んだ後に、笹川は頬を押さえる。まるでほっぺが溶けるのを押さえてるようだった。
「やばい! やばいよ、京華ちゃん!」
めっちゃ美味しい〜! そう言う笹川の頬はこれでもかってくらい紅潮していて、本当に美味しいんだなぁと改めて思った。そんな顔見てれば自然と食欲も湧いてくる。
「京華ちゃんも食べなよ!」
「あぁ、そうだな」
いざ口にしてみれば、それは確かにとろけるようで美味しかった。並んだ甲斐があるな、としみじみ。
*
ご馳走様。
笹川は手を合わせ満足げに笑った。その顔を見てオレの顔にも自然と笑みが溢れる。彼の目の前にはパンケーキが載っていたはずの皿。よくあんな甘いものを全部食べたものだと感心する。
「いや〜、美味しかったね。京華ちゃん!」
「あぁ、そうだな」
確かに、ここのパンケーキはふんわりトロトロで美味しかった。甘いものも久々に食べる分には悪くない。満腹、満腹。繰り返し笹川は、そう呟いた。
「笹川、オレ、ちょっとお手洗い行ってくる」
そう言って席を外す。笹川は「わかった」と言って、ニコニコしていた。まったく満腹感を感じさせないスラリとしたスタイルで羨ましい限りである。
*
「お兄さん格好いいね〜」
「ねぇ、君、あそこの進学校の子だよね?」
「何年生〜?」
「あたし、一目惚れしちゃいましたぁ!」
なんてことだ。これが巷で話題の逆ナンか。
お手洗いから帰ってきたら、笹川が複数人の女子から逆ナンをされていた。人気者だね。相手も高校生のようであの制服には見覚えがあった。緑がベースのチェックのスカートと紺のブレザー。あそこだ、オレらとおんなじ駅が最寄りの………うーん、残念ながら名前が出てこない。あそこね、あそこ。
「今日は一人で来たの?」
「あー、いや、そんなことないです」
笹川は気まずそうに笑って、その場を凌ごうとしていた。確かに顔がいいし、声をかけたくなる気持ちもわかる。だって、イケメンだもん。それに進学校の生徒だなんて、逆ナンしたくなる要素盛り沢山。こうやってモテる要素盛り沢山なところを見ると、さては、オメー、少女漫画から飛び出してきたな? と言いたくなる。幼馴染なのに、片方はこんなにもパーフェクトだなんて。妬ましさを通り越して虚しくすらなってくる。オレも笹川みたいな長身でイケメンだったらぜってーモテた。
あそこに行って笹川を助けたい気持ちは山々なのだが、この逆ナンを笹川がどう脱するかが単純に気になった。声を掛けることはせず、バレないように監視する。笹川、押しに弱いからなぁ。ちゃーんと、対処できるかな?
「じゃあ、君、誰と来たの?」
「君、高2でしょう?」
「え、あなた、ここの看板メニューを一人で平らげたの?!」
質問攻めにされて苦笑いするしか出来ないといった風の笹川。もっとちゃんとしろ。胸を張れ、イケメンなんだから。
「えーっと、連れは今お手洗いに行ってて」
「そうなんだ。女の子?」
「あ、男友達です」
「連れはひとり?」
「はい」
「そっか〜。もしかして、ペア割を聞いてきた感じ?」
「あ、はい。そうです。あの子、すっごく優しくて。いつもはあんまり甘いもの食べないんですけど、オレが行きたいって駄々捏ねたらすぐにOKしてくれて」
「素敵だね」
「えぇ。本当に、素敵な人です」
ふふっ、と笑う彼の顔は本当に嬉しそうで。さっき、かっこいいねと自分の容姿褒められた時よりも、明らかに今の方が顔が明るくて嬉しそうで嬉しそうで。
あぁ、好きだなぁ。
その顔が愛おしくて愛おしくて、心音がどんどん大きくなっていった。オメーの方がよっぽど素敵なんだよ。
「君はさぁ、恋人とかいんの?」
「好きな子とかは?」
「ねぇ、モテるでしょ?」
あんまり慣れてないであろう恋愛系の質問に、笹川は困ったように目を泳がせる。そして、助けを求めるようにお手洗いの方に視線を向けた。何故こっちを見る。パチリと交差するオレと笹川の視線。いや、これはバレたよな。
笹川は驚いたような顔をしてから、すぐにまた焦った顔をしていた。本当に、コイツは押しに弱い。心配だよ、オレは。そう思いながら、さすがに堪忍して笹川の方へ寄っていく。このまま見てることは不可能だろう。もうバレたし。
「京華ちゃん……」
笹川は静かにオレの方を見て、そう呟いた。その言葉から怒りは感じ取れない。よかった、笹川さんはやはり寛大なお方だ。オレが盗み見してても怒らないだなんて。コイツがモテるのも頷ける。オレだって、惚れてしまったくらいに顔が良くて、性格もいい。優しい男はモテるよ。
「あ、こんにちは」
「これがお友達さんですか?」
「あ、はい」
笹川はニコリと笑ってそう言った。オレが来たことによっていくらか安心したようだ。さきほどまでの苦笑いは消えている。
「お友達さんも、イケメンですねぇ!」
「ふたりとも格好いい!」
キャッキャウフフと、目の前の女生徒たちは更に盛り上がる。オレがイケメンという部類に入るかわからないが(水成からは意外と言われる)、たとえオレに惚れたとしてもオレから誰かへ好意が向く可能性は、ほぼゼロに等しいだろう。オレは幼馴染の超が付くほど鈍感な男に惚れているのだ。一途なんだよ、こう見えて。
「お友達さんは彼女さんいるんですか?」
「あるいは、好きな人とか」女の子はニコニコと悪気のない笑顔でそう問うた。
「ん〜……」
コイツ、と笹川を指すような勇気がオレにはない。
*
さぁ、なんて答えようか。いると答えようか、いないと答えようか。嘘をつくべきか、いや、まあ嘘も方便と言うしな。でも、好きな人が目の前にいる場合は違うんじゃない?
「いるんですか? 彼女さん」
「えっ、あ、彼女はいないです」
「彼女は、ですか」
やらかした。ついつい反射で答えてしまった。でも、言っていることは正しい。オレは嘘をつかないことで、誠実なオレを守ったのだ。事実、今後一切彼女ができる予定はない。彼氏ならできるかもしれないのだが。
「好きな人はいるんですね?」
「あ〜、はい、います」
驚くことに、目の前にいる。
「えっ……? きょ、京華ちゃん今なんて?」
お前が好きだって……いや、そんなことは言ってないーーー言えたらいいのだが、残念ながら言う勇気がないので。
「好きな人がいるって言った……?!」
オレの想い人は、オレの好きな人いる宣言に慌てていた。まさか好きな人がいるだなんて思いもしなかっただろう。
「言った」
「え、誰?!」
「内緒」
「えぇっ!!」
笹川は目を見開き、ただただ『驚き』の表情を見せた。そんな顔されても相手は教えてやれない。だって、笹川なんだから。
「そうなんだぁ。じゃあ、私、一足遅かったわ。お兄さんともっと前に会ってたら、恋人になれてたかも」
女の子は笑ってそう言った。そうだね、中3より前に会ってたら、まだ可能性があったかもしれない。
「連絡先とか交換しません?」
「あ〜、ごめんなさい」
「そんなぁ、交換するだけでも……」
「オレ、一途だから」
嘘はついていない。オレには彼女はいない。だけど、好きな人はいる。そして、オレはソイツにぞっこんだーーーほら、嘘はついてない。だけど、笹川の方をチラリと見れば、彼は嘘つきを見る目でこちらを見ていた。信頼されてねぇな、オレ。
「じゃあ、こちらのお兄さんは?」
「え、連絡先?」
「そうそう、LINE交換しよ〜!」
「え〜っとーーー」
明らかに断りたそうだけど、断るための言い文が見つからないらしい笹川はあたふたと狼狽えていた。イケメンが狼狽えているのを見るのは悪くないな。そんなことを思っていれば、言い分が決まったらしい笹川はニコニコと笑顔を絶やさず言葉を落とした。
「いや、オレも好きな人がいるんだよね」
いや待て、嘘だよな?
*
その後の展開は至って簡単、連絡先交換を免れたオレらは「忙しい」と嘘をつき、女の子たちから逃げるように店を出た。ここでは誠実なオレを守ることはできなかった。まぁ、この嘘は必要な嘘だからね。仕方がない。もちろん、会計は、ちゃんと看板メニューの代金2割引きで済ませた。
外の冷えた空気が肌に刺さる。口から漏れる白い息が寒さを象徴していた。笹川は手を擦り合わせて寒そうにする。
「京華ちゃん、いるの?」
突然、そう問われれば一瞬何のことかわからない。しかし、『いるの?』と言えば好きな子のことだろう。何か言わずともオレらは駅の方へ歩き出す。歩きながら、オレは笹川の方を見た。相変わらずの好青年っぷりだ。
「いるって言ったよ」
「本当?」
「本当だよ、笹川の方こそいるのかよ」
「どうだと思う?」
「嘘だろ」
「そう、嘘だよ」
そこで一息つく。もちろん、安堵のため息を。
「で、京華ちゃん、教えてよ。誰が好きなの?」
「誰が好きだと思う?」
「白川さん?」
「白川はちょっと、恋愛対象外かな」
「じゃあ、水成?」
「なんで、そうなるんだよ」
あいにく、幼い頃から一緒にいる幼馴染の妹を好きにはなれない。たとえ、その妹に「京くん、イケメンだねぇ」と口説かれたとしても。
「つーか、オレの好きな人が水成だったら、オメーどう思うんだよ」
「そりゃあ……驚くけど、京華ちゃんならいいよ?」
「…………」
オレがよくねぇよ。
「京華ちゃん、本当に、誰が好きなの?」
「……内緒だってば」
「内緒はなしでしょ」
「ありだわ。だったら、笹川の好きな人も教えろって」
「いや、いないんだって」
「じゃあ、オレも言わねぇ」
「それはひどいって!」
なかなか食い下がる笹川に、どうしようかと頭を抱える。こんなタイミングで告って振られたら、あと高校の最後の一年どうやって顔を合わせればいいんだ。オレだって、言う気は一切ない。笹川にーーー好きなやつに、どうしてもと頼まれたとて。
「気になるんだって、京華ちゃん!」
「嫌だ、内緒」
「そんなことひどいよ」
「ひどくていいよ」
「いや、京華ちゃんはひどくないよ」
「支離滅裂すぎるだろ」
どうしても教えて欲しいの。まるで子供のように駄々をこねてそう言われてもな………。
「じゃあさ、こうしよう」
どうしようかと悩んだ末に、ある交換条件を笹川に与えることにした。
「笹川に好きな人ができたらその人のこと教えてよ。オレも教えてあげるから」
「はっ、え、それ、オレに好きな人が出来ない限り教えてもらえないじゃん」
「いや、まぁさ、笹川に好きな人ができなくても然るべき時が来たら教えてあげるよ」
「然るべき時っていつ?」
「いつか」
少なくとも、今ではない。卒業式とか、節目に言いたい。そう、卒業式に告ればたとえ振られたとて、次の日会うことがないのであまり気まずくはならないーーーとにかく、今ではないのだ。絶対に。
「それでいいだろ、笹川」
「わかった……、でも」
「でも?」
「万が一、付き合うときは教えてね?」
「……なんで?」
「いや、なんか、嫌じゃん」
「そうか、嫌か?」
「そうなの、嫌なの! てことで、京華ちゃん、教えてね?」
「わかった、わかったよ」
オレがそう言うと、笹川はにこりと笑った。たまにコイツ、頑固なとこあるからな。彼は彼で譲れないものがあるらしい。そこらへん、今になってもよくわからないのだ。なんでそんなところで食い下がるってところでコイツは食い下がる。幼馴染でもわからぬものだ。
「そっか。好きな人、いるんだ」
「絶対に言わねぇからな」
「流石にもう聞かないよ」
笹川は、煌めく街をぼんやりと見つめていた。その表情は寂しいようで、憂を帯びているようにも見えた。
「来年もさ、パンケーキ、一緒に食べにこようね」
「来年……か」
「じゃあ、来週また来る?」
「いや、来年に」
毎週パンケーキを食べる気力なんて、オレにはない。笹川にはありそうだけどな。
「恋人が出来てもまた一緒に来てくれる?」
「…………あぁ」
うん。
ーーーまた、来年も来れるといいね。
来年は、恋人にでもなって。また看板メニューを食べる恋人になった笹川を見てみたい。
もうすっかり日も暮れ、肌を突き刺すような寒さのはずなのに、なんだか熱くて思わず顔を手で覆い隠す。照れてるわけじゃないのだ、決して。どんな光よりも隣にいる幼馴染の方が煌めいて見えてしまって、なんだかこそばゆいだけなのだ。好きな人が煌いて見えるというのは、まったくの嘘ではないらしい。
甘ったるい。あのパンケーキなんかよりも、もっともっと甘ったるくて、すごく酸っぱい恋の味。何度も噛み締めたそんな味を、オレはもう一度噛み締めた。
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