第一章 執念が伝わってくる遺体

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「あつっ!」  もう冷めただろうと思って一口飲んだ滝坂は、予想以上の熱さに顔をしかめた。 「ふふ。見た目と違って、意外とせっかちなんだね。それとこれ」  涙目になりながらそれを見た。指でつまめるくらいの正方形のチョコレートだった。 「ありがとうございます」 「お気に入りなの。どうぞ」  言われるままに一粒手に取って、パクリと食べた。  一度噛んだ瞬間に口の中に広がる苦みを感じて、慌てて口を押えた。 「なにコレ!? 苦い!」  滝坂は慌ててカップをつかんで、二回ほど息を吹きかけてから一口飲んだ。 「……これがチョコですか」  一息ついてから、ようやく言えた。  滝坂は不機嫌そうな顔をして瀬奈を見た。  声を必死に抑えながら、肩を震わせて笑っていた。 「ふふっ。……あははっ! あなた、面白い!」 「どうしてこのような真似を?」  笑い続けていても気にせず、怒りを滲ませて滝坂が尋ねた。 「あ~、ここまで笑ったの久し振り。それと、ごめんね。女の子に会ったらやってみたかったことなんだ」  話を聞いていると、滝坂の顔に困惑の色が浮かんだ。 「……な~んてね」 「あ~……もう」  クスッと笑って誤魔化した瀬奈に、滝坂は一気に脱力した。 「これ、カカオ九十五パーセント入ってるからね~。ココアとの相性も抜群なのよ。徹夜明けの検視の後に、こうやって一人で労を(ねぎら)っているというか」  ――そんな極端なもの同士を、組み合わせなくてもいいじゃない。 「瀬奈さん、ココア以外は、飲まないんですか?」  滝坂は内心とは違うことを尋ねた。 「飲まないよ。あんまり好きじゃないし。あれは一緒にお茶を飲んでくれる人用。滅多にいないけど」  ――見た目と違って、とんだ変わり者ということか。 「今回の遺体、なにか思うところはありましたか?」  溜息を吐きながら、滝坂は質問を続けた。 「あたし個人としてってこと?」  先ほどとは別人のような真剣な眼差しを受け、滝坂は先ほどまでとのギャップに驚いた。  うなずくと、瀬奈の視線は宙へと向けられた。 「正直、怖かった。犯人と被害者に対してね。腕を切り落とすかのような、数多くの傷痕。そこまでの苦痛を強いられても、逃げなかった被害者。どうしてそんな選択をしたのかしら。しかも、まだ若い子なのに……」
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