第一章 執念が伝わってくる遺体

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 からかうにしても、少し度が過ぎていやしないか。最後の一言は認めるしかなかったので、それ以上の言及はしなかった。 「軽く、とおっしゃいましたが、結構痛かったですよ?」  やられっぱなしもごめんだと思い、滝坂は口端を吊り上げて(わら)いながら、反撃に出た。 「怒らせちゃったか~。そういうとこ、獅乃君にそっくり」 「そうですかね?」 「似てるよ。でも、獅乃君の悪いところは、似てないみたいだからよかった~」 「……そんなこと、ないと思いますよ」  滝坂は宙に視線を彷徨(さまよ)わせた後、苦笑した。 「獅乃君が相棒だと、なにかと大変だろうけど、自分を大事にね。それって、とても大切なことだと、あたしは思うよ」 「できるだけ、そうしてみます」  ココア、ご馳走様でした、と付け加えると、滝坂はバッグを持ってドアノブに手をかけた。 「いつでもきてね~、歓迎するから」  背後から聞こえてきた、軽くもどこか温かみのある声に笑みを浮かべて、部屋を出た。  ――変わってるけれど、なんかいい人だったな。  帰り道の車内でそんなふうに思いながら、警視庁に戻った。 「戻りました~」  その声を聞いた獅乃は、資料から視線を離して顔を上げた。 「……どうだった?」  近くまできた滝坂に、いつもより低い声で尋ねた。  デスク上には茎わかめと大きく書かれた袋と、空いた個包装の袋がふたつあり、手前に開いたままの手帳が置かれている。右手にはボールペンではなく、ジッポライターが握られ、ふたを開け閉めするカシャカシャという音が響く。これは彼の癖だ。  その音が耳につく者がいるのだろう。うるさいとばかりに睨んだり、あからさまに咳払いをする捜査員らがいるが、本人は気づかぬフリをしている。 「どうして、私をいかせたのよ?」 「なんとなく。強いて言うなら、その方が面白いと思っただけだ」 「なによ、それ」 「瀬奈はどんな反応をしていた?」  ついニヤリと笑ってしまった獅乃が尋ねた。 「女の子だって、はしゃいでいたわよ。ココア飲んで、とっても苦いチョコレート、食べさせられてね。本人、めちゃくちゃ笑ってるんだもの。ビックリしちゃった」 「瀬奈のやりそうなことだ」  獅乃は笑みを深めた。 「でも、男が偉そうなところは、刑事も監察医も変わらないみたいよ?」 「そりゃそうだろうよ」  不愉快だよなと言わんばかりに、獅乃が顔を歪めた。
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