第一章 執念が伝わってくる遺体

9/12
前へ
/96ページ
次へ
「よく食べれるわよね」  デスクに置きっ放しの茎わかめの袋を見たのだろう、呆れた声だった。  獅乃は思わず苦笑した。 「……怨恨か?」  話を聞いた獅乃が尋ねた。 「それと、これ」  バッグから出された紙がデスクに置かれた。  写っていたのは、刃渡りに十センチの鞘で保管するタイプのシースナイフ。  獅乃はジッポライターを置き、じっと見つめた。 「犯人は犯行時、冷静だったんじゃないかしら?」 「いつからそう思っていた?」  獅乃が低い声で尋ねた。 「え。遺体を見たときからだけれど」 「そうか。俺もそう思った」  獅乃は遺体の状態を思い出し、不快感をあらわに吐き捨てた。 「あと、これも見て」  差し出されたのはクリップで留められた資料。 「これは……!」  獅乃は内容を確認して、瞠目した。  写っていたのは、遺体の背中のカラー写真だった。 「両腕と同じ。いいえ、それよりも……」  ――最後まで言えなくても仕方ない。  獅乃は写真を見ながらそう思った。  ナイフを刺したまま、強引に切り裂いたと思われる傷が、右肩から腰のあたりまで、斜めに走っていた。その周りに、切り傷や刺し傷が、背中を埋め尽くさんばかりに刻まれていた。 「被害者は、なにかを、庇おうとしたんだな……」  被害者の強い想いを感じ取った獅乃は、きつく唇を噛んだ。  写真の下側に文字が見えた。 『遺体の状態からして、死後二日は経過している。遺体発見現場に、血痕などの形跡がないので、殺害現場が別の可能性あり』  獅乃はジッポライターを仕舞い、ボールペンを手にして、手早くメモをした。  書き終えるとボールペンと手帳を仕舞った。  閉じた手帳の隙間から、なにかが床に落ちた。  獅乃はそれに気づかず、席を立って歩き出した。 「ちょっと待って」  その声が聞こえたのか、獅乃が振り返った。 「これ」  差し出されたのは、紅葉を押し花にした栞。 「……じゃあな」  それを見た瞬間、獅乃は思わず顔をきつく歪め、詰めていた息を細く吐き出した。  それだけ告げると、鞄に仕舞ってそそくさと出ていった。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加