第一章 執念が伝わってくる遺体

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 滝坂はなにも告げずにいなくなった獅乃に、不満と疑問を抱きながら、その様子を振り返った。獅乃の行動から、なにか引っかかったような気がしたのだ。  メモするとき、後で思い出せるようにキーワードを並べ、必要最低限の補足を加える。それをもとにさまざまな可能性を思案する。しかし、獅乃のメモの取り方は、すべてを書き写そうとしているようだった。ペンを止めて考え込むこともしなかった。  その様子を見て、滝坂は思った。  まるで、考えることを拒絶しているようだ、と。  それに、栞を見たときの顔が、忘れられなかった。  あの栞には、どんな意味があるのだろう? なにか、特別な思いでもあるのだろうか?  滝坂の勘だったが、自然とそんなふうに思えた。  腕時計を見ると、午前十時をさしていた。まだ仕事はあるはずなのに、どうして獅乃は出ていったのか、とても不思議だった。  本人に聞きたいところだが、答えてくれるわけがない。瀬奈に電話をかけ、用件を告げる。  待ち合わせの場所と時間を決めて、電話を切った。  ――バシュッ!  撃つ瞬間、僅かに目を見開いた。  放たれた弾丸は、狙い通りの場所にめり込み、亀裂と風穴をつくった。  銃口から煙が上がるのも気にせず、標的を見据えていた。  獅乃は警視庁内の射撃場にいた。  イヤーマフをして、使い慣れた拳銃に弾丸を込めた。グリップを握り、標的を睨みつける。人を模した標的が、かつて大事なものをすべて奪い、嗤っていた人物に見えた。  憎悪のために暗く、凶暴な眼差しで、獅乃が放つ雰囲気は殺気しか感じられない。  しかし、なにも知らない者からすれば、恐怖に苛まれながらも、魅了されることだろう。  それは均衡がとれている者の、欠点ともいえる。  自らの意思で、抑え込もうとし続けてきた感情に任せ、獅乃は撃鉄を起こし、引き金を引いた。  くぐもった発砲音が響き、弾丸は標的の頭部を撃ち抜いた。続いて三度、引き金を引いた。  標的には、頭部、右肩、首に三発の弾痕があった。  胸部を狙ったはずの弾丸は、首にのめり込んでいた。 「珍しいことも、あるんだな。外すなんて」  獅乃は溜息を吐いて、舌打ち混じりに吐き捨てた。  再度標的を見据えた。  その横顔は強がっているとしか思えないほど、遣る瀬無いものだった。  数をこなしても無駄だと思い、とても重い身体を動かして、駐車場に向かった。
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