第一章 執念が伝わってくる遺体

11/12
前へ
/96ページ
次へ
 そのころ滝坂は、先ほどの電話について考えながら、屋上へ向かった。 「瀬奈さん」  夕焼けに染まる空の下、先にきていた白衣の女が振り返った。逆光で反射しているため、その表情までは分からない。 「ごめんね」 「構いませんよ」  会話ができる距離まで近づいた滝坂が、笑みを浮かべた。 「獅乃君は……帰った?」 「多分ですがね。いつもと様子が、違うように感じましたよ」 「分かるんだ」  視線がぶつかった。すべて察しがついていると思わせるに足る、鋭い光が宿っているように見えた。 「相棒のことですから」  ――こっちの考えは見抜かれてる。  滝坂はそう思いながら、ほんの少しだけ視線を外すと、誤魔化すように苦笑した。 「なにか、知りたいんでしょ? 刀川さんから聞いた話だけれど」  穏やかな声の問いを聞きながら、滝坂は真っ直ぐに顔を見た。  表情がほんの少し硬そうだった。 「獅乃に、なにがあったんですか?」  毅然とした態度で見つめるものの、隠しきれない迷いもあった。  なにも言わないのを見て、滝坂は(まく)し立てた。 「なにかを隠しているような、そんな気がしてならないんです。似合わない栞も持っていましたし」 「知らずにいた方がいいよ」 「ご忠告、ありがとうございます。……それでも、私の意思は変わりません」 「彼が気にしているのは、(いの)()()(づる)という、女性のこと。栞は彼女が好きな紅葉」 「猪間千鶴さん……? それをどうして獅乃が持っているのですか?」  滝坂は混乱しながら聞き返した。 「彼女からお守りとして、もらったらしいよ」 「お守り……?」  滝坂は首をかしげた。 「獅乃君はね……」  その瞬間、横殴りの風が吹いた。  滝坂は髪を押さえながらも、視線を外さなかった。  獅乃はそのころ、自宅であるマンションの駐車場に車を停めた。脇の細い道を抜けたところにある、バーの前にきていた。このあたりは、人通りや、車の往来も少ない。店名の書かれた看板が置かれているだけで、外装もダークブラウンで統一されている。openと書かれた小さなかけ看板がかかった扉を、押し開けて中に入った。  入って正面奥に椅子が七脚ほど一列に並んだカウンター席。その左側には二人掛けや、四人掛けのボックス席もある。  カウンターの一番左端には、三十代前半と(おぼ)しき女性が座っている。  五十代前半くらいのバーテンダーが、女性の前に酒の入ったグラスを置くのを見つつ、右端の席に腰を下ろした。 「お久し振りですね」
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加