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そのころ滝坂は、先ほどの電話について考えながら、屋上へ向かった。
「瀬奈さん」
夕焼けに染まる空の下、先にきていた白衣の女が振り返った。逆光で反射しているため、その表情までは分からない。
「ごめんね」
「構いませんよ」
会話ができる距離まで近づいた滝坂が、笑みを浮かべた。
「獅乃君は……帰った?」
「多分ですがね。いつもと様子が、違うように感じましたよ」
「分かるんだ」
視線がぶつかった。すべて察しがついていると思わせるに足る、鋭い光が宿っているように見えた。
「相棒のことですから」
――こっちの考えは見抜かれてる。
滝坂はそう思いながら、ほんの少しだけ視線を外すと、誤魔化すように苦笑した。
「なにか、知りたいんでしょ? 刀川さんから聞いた話だけれど」
穏やかな声の問いを聞きながら、滝坂は真っ直ぐに顔を見た。
表情がほんの少し硬そうだった。
「獅乃に、なにがあったんですか?」
毅然とした態度で見つめるものの、隠しきれない迷いもあった。
なにも言わないのを見て、滝坂は捲し立てた。
「なにかを隠しているような、そんな気がしてならないんです。似合わない栞も持っていましたし」
「知らずにいた方がいいよ」
「ご忠告、ありがとうございます。……それでも、私の意思は変わりません」
「彼が気にしているのは、猪間千鶴という、女性のこと。栞は彼女が好きな紅葉」
「猪間千鶴さん……? それをどうして獅乃が持っているのですか?」
滝坂は混乱しながら聞き返した。
「彼女からお守りとして、もらったらしいよ」
「お守り……?」
滝坂は首をかしげた。
「獅乃君はね……」
その瞬間、横殴りの風が吹いた。
滝坂は髪を押さえながらも、視線を外さなかった。
獅乃はそのころ、自宅であるマンションの駐車場に車を停めた。脇の細い道を抜けたところにある、バーの前にきていた。このあたりは、人通りや、車の往来も少ない。店名の書かれた看板が置かれているだけで、外装もダークブラウンで統一されている。openと書かれた小さなかけ看板がかかった扉を、押し開けて中に入った。
入って正面奥に椅子が七脚ほど一列に並んだカウンター席。その左側には二人掛けや、四人掛けのボックス席もある。
カウンターの一番左端には、三十代前半と思しき女性が座っている。
五十代前半くらいのバーテンダーが、女性の前に酒の入ったグラスを置くのを見つつ、右端の席に腰を下ろした。
「お久し振りですね」
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