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「ようやく顔を出せました」
その声に獅乃は苦笑して答えた。
バーテンダーの背後には、さまざまな種類の酒の瓶などがずらりと並んでいる。
「いつもので……お願いします」
それを眺めながら、獅乃は注文をすませた。
「かしこまりました。最後にいらっしゃったのは、六年くらい前でしたかね」
「三年くらいかと思っていました」
獅乃は六年と聞いて内心で驚きながら、苦笑した。
顔を憶えられていたのに気づき、少しだけ安心した。交番勤務をしていたときにここに通いつめていたのだ。
「時間が過ぎるのは、早いですよ。私は歳をとりましたが、いい変化があったようですね?」
「そうですか?」
「ええ。以前に比べて、ほんの少し、硬い感じが和らいだような」
ギムレットというカクテルが入ったグラスが置かれた。
「六年前は……仕事に慣れるのに必死でしたね。プライベートと仕事のギャップに、追いつけない時期でもありました。……世間話をする余裕すら、なかったんでしょう」
獅乃は目を細めて、ギムレットを一口呑んだ。
「私は、お客様のような方を、待っていたんだろうと思います」
「と、言いますと?」
獅乃は目を瞠り、グラスをかたむけた。
「私が理想とするのは、お客様一人一人に寄り添えるバーです。さまざまなことで悩んでいる方がここへきて、お酒を呑んだり、世間話をしたりして、少し悩みから距離を取る。そうして落ち着いて、悩みに向き合うための、きっかけ作りをしたい。そんな想いでバーをやることにしたんです」
「そうなのですか。……確かにここへくれば、嫌なことを考えずにいられましたね」
なるほどというように納得した獅乃は、ふっと笑った。
「続けているといいことがある。そう気づかせていただきました」
「続けることは、シンプルで誰にでもできそうなイメージがありますが、実はそれが難しい」
獅乃は言いながらグラスを片手に、眉間にしわを寄せた。
「そうなんですよね。おっしゃる通りです」
獅乃はうなずいて、苦笑した。世間話と酒を楽しんだ。
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