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第一章 執念が伝わってくる遺体
数週間後、獅乃が捜査一課の一角でコーヒーを飲んでいると、殺人事件発生とのことだった。
険しい表情で残っていたコーヒーを飲み干すと、デスクに素早く戻り、コートを片手に飛び出した。
「獅乃!」
滝坂がすぐに声をかけたが、獅乃の姿は見当たらない。
舌打ちをして、滝坂はバッグを持って追い駆けた。
獅乃は黒のセダンに乗り込み、エンジンをかける。すぐに出発しようと思っていたが、窓をコンコンと叩く音に舌打ちをした。視線を上げると、怒りをあらわにした滝坂と目が合った。視線を外し、右手の人差し指でボタンを押すと、助手席側の窓が開いた。
「行き先は同じでしょう?」
獅乃は諦めをあらわすように溜息を吐き、助手席のロックを解除した。
滝坂が乗り込んだのを見て、アクセルを踏んだ。
「なんだよ」
前方に視線を向けたまま、獅乃がぼそっと言った。
「ちょっと意外だっただけ」
なぜそう言われるのか、見当がつかず、獅乃は首をかしげた。
数十分後、現場に到着。
車から降りた二人は、現場に視線を向けた。
すでに日は落ち、月も光が見えないほどの曇天の中、現場の倉庫が建っている。
風に乗って不快な匂いが漂ってくる。
倉庫を煌々と照らすライトが異様だと感じる。
それがなければ廃墟のように見える。その方がしっくりくるのではないか、とすら思えた。
「どうしたのよ」
「ん? いや、なんでもない」
獅乃はそう言い放って歩き出した。
獅乃は周辺を警護している制服警官に手帳を見せ、鑑識がすでに入ったことを聞く。白手袋と靴カバーをしてから、倉庫内に足を踏み入れた。それに滝坂も続いた。
「うわ~。中の方が不気味……」
滝坂が言いながら顔をしかめた。普段とは違い、表情が強張っている。
先ほどよりも不快な匂いが鼻を刺す。
殺風景で老朽化しているというだけで、建物とはこうも、陰湿な雰囲気を醸し出すものなのか。
壁だけではなく、天井にも穴が開いており、そこから風が吹き込む。ペンキが剝がれたのだろう、その跡が目立つ。内部は軽自動車が二台停められるほどで、倉庫と呼ぶにはいささか狭い。それでも広く感じるのは、物が置かれていないからだろう。
「よく平気な顔をしていられるわね」
「そうか? 遺体を見たのがきっかけで、現場にいられなくなるよりは、マシだろうよ」
軽い口調だが、言葉には棘があった。
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