第一章 執念が伝わってくる遺体

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「そうね。じゃあ、あなたはどうなのよ」  滝坂は笑みを浮かべ、獅乃を見つめた。 「遺体を見て表情を変えるな、とまでは言わんさ」  からかうように笑った獅乃を見て、滝坂は少し表情を曇らせた。  ――なんだろ?  獅乃の真意を探りたい一心で、視線を動かさずにいた。 「なんだよ。……戻りたいのか?」  肩越しに見つめる獅乃は、ニヤリと笑みを浮かべている。コートの胸ポケットから取り出した車の鍵を、これ見よがしに回して見せた。 「違うわよ!」  キッと睨んで、怒りをあらわにした。 「怒るなって。しわが増えるぞ」 「いい加減にして!」 「さて、そろそろ本題に入るか」  息を吐き出してから、獅乃が倉庫の中央に視線を投げた。  その先には遺体が置かれていた。  鑑識が病院に運んだものと思っていたので、少し安堵すると同時に、気を引き締めた。  獅乃は近づいて合掌し、片膝をつくと、観察を始めた。 「ここまでするなんて……」  血痕が遺体の周辺だけにあることから、殺害現場は別にあり、ここに遺棄された可能性が高い。  獅乃がしゃがみこんでいる場所からすると、左側が頭で、右側が足。遺体は仰向けで寝かされていた。身長は一七〇センチくらいで、痩せ型。二十代前半くらいの男性。長袖のシャツにベルト、ジーパンに靴下。靴は履いていなかった。血痕が付着している範囲が広いため、元の色までは分からなかった。  顔は右頬に切り傷があるものの、しわがなく、墨のような黒髪。 「傷は全身にあるけれど、上半身が多いわ……」  でも、どうして? と呟いた。  獅乃はその言葉に同意するように、うなずいた。  獅乃は右腕をつかんで、そっと肘を曲げて、外側を見た。  血痕がこびりついていて判断しにくいが、外側にはなにかで切りつけられたような痕や、刺した痕などが集中していた。左腕も確認したが、同じような状態だった。 「防御(そう)か」 「でも、こんなになるまで耐えられるもの?」 「殺されると分かっているなら、逃げればいい。だが、こいつはそれをしなかった。なにか、あったんだろう」  獅乃は言葉を返しながら、観察を続けた。  遺体の右側に移動して、首に視線を走らせる。ぱっくりと裂けた切り傷が目に入った。  鎖骨の辺りに右手、側頭部に左手を置いて、さらに顔を近づける。
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