第一章 執念が伝わってくる遺体

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 ――なんだ、この人は。待って、獅乃君? ……獅乃と知り合いだったの!?  滝坂は尋ねたい気持ちを必死に抑えた。無表情を装いながらも、頭の中が疑問でいっぱいになってしまった。が、話さねばと思い、口を開いた。 「……あの」 「なあに?」 「警視庁の滝坂と申します。監察医の瀬奈(せな)さんでしょうか?」 「そうだよ~。うん? あなたが知ってるの、苗字だけ?」  瀬奈が首をかしげた。 「自分勝手な人が、苗字だけ教えてくれたので」 「その人は、面倒くさがりだね。きっと」  言わんとしていることが伝わっているようだが、軽い口調で返してきたのに対し、  ――察しはいいみたいだけれど、この脱力感はなんだろう。  内心でそんなことを思いつつ、瀬奈の声で現実に引き戻された。 「あたしは瀬奈(あさ)()。よろしくね」 「よろしくお願いいたします。早速ですが、昨夜発見された二十代前半の男性と思われる遺体の、検視結果を見せていただけませんか?」  滝坂が言うと、瀬奈は少し顔をしかめた。 「あ~、それね。ついさっき終わったとこ」  抽斗からクリアファイルを取り出した。中身を確認してから、滝坂に身体を向けて、差し出した。 「ありがとうございます。私はこれで」  受け取った滝坂は、手早くバッグに仕舞って、背を向けた。 「ちょっと、お茶飲んでいかない?」 「え?」  滝坂は振り返って、思いっきり頬をヒクつかせた。予想もしていなかった一言だった。 「なんか、いろいろ聞きたそう……。ちょっと違うか。ん~、いろいろと言いたそうな顔をしてたからね。少しくらい遅れたって、平気でしょ?」 「まあ、はい……」  あまりに押しが強いので渋々うなずいた。  滝坂は丸椅子に座らされた。 「ちょっと待ってて。あ、なに飲む? ココアにミルクティー、温かいお茶とかあるけど」 「ココアでお願いします」 「ホット? アイス?」 「ホットで」 「偶然ね、あたしと一緒」  スプーンの入ったマグカップふたつを持ってきて、滝坂の前に置いた。 「熱いから気をつけて」 「ありがとうございます」  言いながらカップを両手で持ち、口許へ近づけると数回息を吹きかけた。  どこかからか取り出した掌サイズの小さな器になにかを入れて、テーブルに置いたのを見ながら、滝坂は内心で首をかしげた。
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