Side-others

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私の働くカフェには、ちょっとおかしい店員さんがいる。 「いらっしゃいませー」 「いらっしゃいませ。ご注文は?」 「あ、え、あぁ、えっと…」 また、ファンが一人増えた…。店内に入りそのきらきらを浴びてしまったお客さんは顔を真っ赤にし、暫くぼうっと彼に見惚れていた。 その視線の先に居るのが、うちのちょっとおかしい店員さんである。 名前は藤倉くん。 初めて会った時は、芸能人がドッキリで面接に来たのかと私も店長もとても焦った記憶がある。 それくらい誰の目も惹く整った容姿に、紳士的な物腰。頭脳明晰で要領も良く、仕事の覚えもとても早い。 お客さんへの対応はいつも爽やかで、彼が入ってからというもの彼目当てのお客さんが激増したくらいだ。 そりゃあ、あんな格好良いひとに微笑んで注文を聞かれたら真っ赤にもなるしファンにもなるだろうな。私は恋人一筋なので「今日もきらきらしてるなぁ」くらいにしか思わないのだけど。 そんな完璧な彼のことだから最早連絡先を聞かれることなんて日常茶飯事で、一部にはやや強引にデートの約束を取り付けようというお客さんもいた。 結構きれいな子だと思ったけれど、彼は誰にでもきらきら笑顔で対応し、誰に対しても平等で、さらりとどんな誘いも断るのだった。 だけどある日ふと気づく。あの笑顔は鎧なんだと。 彼がいつも貼りつけているあのきらきら笑顔は、彼と他人を隔てるボーダーライン。絶対にここより先は踏み込ませないという一種の処世術なんだと思う。 まぁあれだけ他人に好意やら色々な感情を向けられる生活をしていれば自然に身に付くものか、と納得はするものの、ある日私は見てしまった。 休憩室で一人の時に、無表情でいる藤倉くんを。 本当に無、という感じで、いつものあの柔和な彼からは想像もつかない雰囲気で…やっぱり退屈なんだろうか、と少し心配になったのだ。 けれどそれはほんの初めの頃の話。 その藤倉くんの鉄壁の鎧をいとも簡単になくしてしまう猛者が今日もやって来る。お、もう窓の外に見えるな。あの青年だ。 名前は知らないし、学生なのか社会人なのか、年齢も分からない。けれど毎週ほぼ決まった時間にやってくる彼の前に立つと、完璧な藤倉くんはちょっとポンコツになる。 言わないでいるけれど、私はそれがちょっとおもしろい。 「いらっしゃいませ!」 「あの、」 「いつものでよろしいですか?それともこちら季節の新作はいかがです?」 「はぁ…いつもの、で…」 まだ何にも言ってないのにな、とはっきり顔に書いている青年は、戸惑いながら会計をしている。 黒髪短髪の、ちょっと背の低い青年。少年かもしれない。どこにでもいそうな顔の彼はカウンター越しにちらりと視線を上げると、眩しそうに目を細めた。分かる。 彼の視線の先にいるのはもちろん藤倉くん。まだ何も言っていないのに彼の頼むものを身を乗り出して聞いたのも藤倉くん。そして会計の時に嬉々として青年からお金を受け取ったのも藤倉くんだ。 あの黒髪短髪の子が来ると、藤倉くんの鉄壁の鎧はさらっと消える。その代わりに繰り出される笑顔はあの張りぼてのきらきら笑顔とは比にならないくらい眩しくて、これが本物かと思い知らされるのだ。 これは私も眩しい。まるで小さな太陽みたいに眩しい。カウンターの中にいる私には、ありもしない犬の尻尾が見える気がする。 「嬉しい嬉しい」と、全身で伝えているかのようで…これがさっきまで可愛い子の誘いを飄々と跳ね除けていた彼と同一人物か疑わしくなる…。いや眩しい。 「店内ご利用でよろしかったですよね」 「あれ、俺テイクアウトって」 「店内ご利用で」 「いや、テイクアウトで…」 「………」 あ、尻尾垂れた。そもそも注文時に、あの青年ははっきりとテイクアウトって言っていたのに藤倉くんはわざと無視した。初めてではないんだけれど。 「………そう、ですか。テイクアウトで」 「いやあの………店内で」 「かしこまりましたぁ!」 まっぶし!あの野郎言わせたな。ほぼ言わせたなぁ藤倉くん。優しいらしい青年は藤倉くんの明らかにしゅんとした雰囲気をかわいそうに思ったのか、そっと店内利用のトレーを受け取った。 あれって店員としていいんだろうか。いや、ダメだと思うけどこれが初めてではない。店長によるとグレーらしいが、私は完全にアウトだと思う。他の人の接客は完璧なのになぁ…。 おずおずとトレーを受け取ってから窓際の席に腰を下ろした青年は、ちらちらとカウンターの藤倉くんを見ていた。いつも藤倉くんに注がれる好奇の視線とは全く違う。多分「なんだあの店員」とか思ってるんだろうなぁ。分かる。 その視線にひらひらと満面の笑みで手を振り返す藤倉くんは暫く使い物にならない。いや、仕事はいつも通りかそれ以上の早さでこなしてくれるんだろうけど、彼の集中力は全部あの青年に注がれている。 ミスはしないのがある意味すごい。格好悪いところを見られたくないんだろうな。青春だな。いや笑顔、抑えて。他のお客さんも眩しいってなってるから。 しかしすごいのはあの青年。暫く訝しげに藤倉くんを見たあと、ノートパソコンに目を落としている。彼のことは一旦スルーしようと決めたらしい。さっぱりしてんなぁ。 いつも思うけど、あれは学校のレポート書いてるのか、仕事をしてるのか。見た目だけなら学生さんに見えるけれど、立ち居振る舞いがピシッとしていてたまに見た目よりも大人びて見える。 一応他のお客さんの接客をしながらもちらちらあの青年を見ている藤倉くんは成人はしているらしい。同じくらいの歳だろうか。分からんな。でも真面目にパソコンに向き合う姿はキリッとしてて、なんか格好良いな。姿勢が。 私がそう思っているのがテレパシーででも伝わったというのか。ふと黒いオーラを感じて隣を見ると、笑顔の藤倉くんがいた。笑顔だけど、明らかに牽制してるな。すでに独占欲がすごい。付き合ってないよね? まぁいいかと私も仕事に戻る。あの青年は小一時間ほどすると店から出て行ってしまって、藤倉くんのイマジナリー尻尾はまたしゅんと垂れた。おもしれー。
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