クレヨンの浄土

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 暗く静かな病室で、機械と管に繋がれたまま微睡んでいると、窓の遠くに光を見た気がした。目を向けると、私が八つのときに死んだ妹が、クレヨンで描いたような紫色の雲に乗ってやってきた。数年前に病で逝去した父でもなければ、一昨年看取った母でもない。淡い桃色の質素な薄衣を身にまとった、五歳の、幼い姿のままの妹だ。妹はベッドの傍らに降り立つと、クレヨンの箱を差し出した。 「にいちゃんもおえかきしよ」 妹が壁に花を描き始めた。たんぽぽ、ひまわり、チューリップ。両親に連れられて、二人で一緒に見た花だ。それならば、とピンクのクレヨンを手に取る。 「なにかいてるの?」 「桜だよ」 無機質な病室は、今や色とりどりの花の楽園だ。
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