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土曜日、約束の喫茶店に行くと頼子ちゃんが座ってるのが目に入り思わず顔がこわばる。
いったい何を企んでるのだろうかと思うと、二十歳の子を前に足がすくむ。
伺うようにして近づく僕に、頼子ちゃんが嬉しそうに微笑むのを見て感じたのは恐怖だった。
これ程緊張したのはいつ以来だろう。
桃子ちゃんに向かい合った時には戸惑いがあったとはいえ、そのほとんどは嬉しさで占められていたのに。
たかだか二十歳の、僕からみれば子供といえるほどの年齢とはいえ、女の駆け引きは男とは比べものにならない。
男はいつも女より自分たちの方が優れていると考えている。
でもそれは、世間というものにそう思い込まされてるに過ぎない。
そうでなければ本当は男は女に劣るということを認めざるを得ないからだろう。
女は常に男の上手を行っているのだから。
ただ女は子供を育てるため、それを意識することはなくとも本能的に、巧妙に隠しているに過ぎない。
だから二十歳にして、この男慣れした頼子という女に、僕は勝てる気がしない。
「トキさん。どうしたんですか?そんなこわい顔してないで座って下さい。せっかくのデートなんですから、もっと楽しそうにして下さいよ」
「デート?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
「そうですよ。約束したじゃないですか」
いったい何を考えているのか...。頭が混乱していた。
「僕はただ君が会いたいって言うから来ただけだよ」
「だからぁ、会ってデートしたいってことじゃないですかぁ。トキさんは女心わかってないですねぇ。ほら、この格好トキさん好きでしょ?桃子みたいで」
「...き、君はいったい...」
口の中がカラカラだ。
「かわいくないですかぁ、私?」
「か、かわいいよ。頼子ちゃんはどんな格好でもかわいいよ」
「ほんとですかぁ?そんな言わされたみたいな言い方されたら傷ついちゃうな~。せっかくおしゃれしてきたのに」
「頼子ちゃんはかわいいよ。どんな格好してても」
「ほんとですか?うれしい。迷って選んできた甲斐がありました。それに...。言っちゃおうかな~、どうしようかな~。恥ずかしいけど...。とびきりかわいい下着も着けてきたからぁ、見てほしいなぁ~」
「な、なにを言ってるんだ。そんな冗談はやめなさい」
「冗談じゃないです。私は本気です。トキさんのために...。体も一所懸命磨いてきました。」
「そういう話はやめにしよう。そんな話しをするならもう僕は帰るよ」
「桃子は抱いたのに?」
「...」
「ごめんなさい。もう言いません」
「...」
「好きなんです。トキさんのこと。私、本気です。だから」
「そんなのは、一時的な気の迷いだよ」
「違いますっ。そんなんじゃありません」
叫ぶような頼子ちゃんの声に、入った時から感じていた喫茶店中の視線が、無遠慮に注がれる。
「わ、わかった。とりあえず落ち着こう。それから場所を移そう。ここは人が多すぎる。」
「...トキさんの車の中でなら...」
「そ、それは。」
刺すような頼子ちゃんの目に、僕は身動きが出来なくなった。
「トキさん、」
「わ、わかった」
頼子ちゃんを手で制する。
「た、ただし。話をするだけだよ」
「ふふ。あたり前じゃないですか。トキさんなにへんなこと考えてるんですかぁ?」
落ち着きを取り戻した頼子ちゃんの目に一瞬妖しげな光が灯ったのに気づき、僕は間違ったことをしてしたったんじゃないかと不安が胸を襲った
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