第19章 孕む

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大変だ。どうしたらいい?桃子に子供を育てるなんて無理に決まってる。 でも桃子のあの顔。 この間まで少女でしかなかったのに、女を通り越していきなり母親になったかのようなあの顔。違和感の正体は母性だったんだと納得した。 私にも経験はある。 でも分からない。 確かに好きな人の子供を授かったという喜びはあった。でもそれはその人を得ることができるという喜びが前提としてあったからだ。 実際はとまどいや不安の方が大きくて、結局は周囲の反対に押されるように授かった命を諦めてしまった。その後悔はいつも私の中にある。それ以来、男の人を求めながらも妊娠が怖くてピルを飲んでいるのはそのせいだ。 でもこれだけは知っている。 男はいざとなると逃げるということを。 あれほど好きだと言っていた人から向けられた嫌悪の表情。 なによりショックだったのは、ほんとに俺の子かという言葉。 そして逃げることしか考えていない言い訳とお金のはなし。 私が夢中になっているのをいいことに(もてあそ)ばれていただけということに気づき、ぐちゃぐちゃになった感情。 あの先生は今頃どうしているだろう。 学校を辞めさせられた後のことは知らない。 聞けば他にも何人も弄ばれていた子がいたらしい。 そして親からの冷たい目。 でも桃子のあの顔。 妻子がある男の子供だというのに、しかもすでに別れてるというのに、産むという事に何の疑問も抱かず、強い意志を感じさせた。 だから思わずたじろいでしまった。あの子の強さに。 トキさんに責任をとらせなければならない。 これは私にとっても賭けだ。 男というものが信頼するに足る生き物なのかどうか。 それを確かめるのは怖い。 もしまた私と同じようなことが起きたら、私は二度と男を信じられないだろう。 でも私は最後の望みをかけ、スマホを手にとった。
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