0人が本棚に入れています
本棚に追加
検査の結果、全治二週間の打撲と診断された。骨折も脳の損傷もなかった。
「頭はすでにイカれてんだろ」
見舞いに来たハヤマが言った。
「魔力に守られたメットやスーツっつっても事故ったら普通ただじゃ済まねえぞ。あんな走りをする頭も、無事で済んでる身体も……お前はイカれちまってるよ」
「でもあと少しだった」
セツは病院のベッドの上で身を起こした。
「あと少しだったのによ」
自分でも思うほど情けない声色だった。
ハヤマが溜息をついた。
「いや、あのままコーナーを曲がれたとしても、オガタに抜かれてたよ。あいつのスパートはそれくらい凄まじかった」
新聞を投げ渡された。『天才の再来か』という見出しが書かれた小さな記事。その映像部分にハヤマが手をかざした。魔力に応じて白黒の映像が動きだず。
「下で売ってたスポーツ新聞だ。小さいけど高校の未勝利戦なんかが載るなんて、ほんとに異例だぜ……で、これがオガタの走りだ。ラストラップのタイムは一週目のお前とほぼ同じだったよ」
派手に横転する自分と、そんなこと意にも介さず走り抜けるオガタ。直線で抜かれる自分。見えない映像まで見えた気がした。舌打ちをする。
「だけど昨日はいつもより力が出せたんだよ」
「タケダは闘志を燃やすタイプだからな。負けたくない相手が現れて、魔力にも影響したんだろ。たしかに二周目まではいつも以上の走りだった。客席も目を見張ってたよ」
「それが余計にオガタを引き立てちまったか……」
セツは自嘲気味に鼻を鳴らした。ハヤマが唇の端を吊り上げた。
「そう悪いことじゃない」
差し出されたのは名刺だった。スズカゼの社名が入っている。
「お前の走りを見てくれた人がいる。しかもスズカゼの人間だ。すごいぞセツ!」
ハヤマは興奮して言った。セツは目を丸くして名刺を食い入るように見つめた。
「バタバタしてて詳しい話は聞きそびれちまったけど、回復したら連絡してほしいって言ってた。これが本当に実業団のスカウトなら大変なことだぞ!」
呆然とするセツに、ハヤマは唾を飛ばしながらまくしたてた。名刺を渡した男の特徴や、スズカゼのバイクについて早口で説明をすると、大きく呼吸をしてやっと落ち着いた。
「まあ兎にも角にも、はやく退院しないとな。これ、お前の充魔石な」
ハヤマはポケットから紅く鈍い光を放つ石を取り出した。石にはセツの魔力が込められている。有事の際にはこの石から魔力を輸ることができるように、普段から石に魔力を蓄え備えているのだ。
「サンキュ」
セツは右手で石を握りしめた。柔らかく熱いエネルギーが身体中に流れ込んでくる。
左手には希望をつなぐ名刺があった。
最初のコメントを投稿しよう!