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ワクチン接種
それは決して、医者になって数年目の俺が負わされるべき重責ではなかった。
「少しでも痛くしたら、分かるね?」
予防接種の準備をする俺に、院長が脅しをかけてくる。
注射器にワクチンを充填しているところに、若い女が子供を連れて現れた。
来年小学生になるという院長の孫娘は、俺が手にしているものを見るなり泣き出した。
「大丈夫、大丈夫、今年は痛くないよぉ」
院長が気色の悪い猫なで声であやしている。
院長一家の予防接種を長年担当していたベテランの医師がいたのだが、去年、この子供をチクリと痛がらせた。その医者は速攻で僻地の病院に飛ばされた。
それで、研修医の頃から注射技術に定評のあった俺が駆り出されたというわけだ。
別に、経験が豊富なわけでも、痛覚のツボに精通しているわけでもない。完全に勘としか言いようがないのだが、痛みを感じさせない打ち方ーー刺す位置、角度、深さ、注入速度が、何となく分かってしまう。
やれやれ、と俺はこっそりため息をついた。
こんな重責を負わされるくらいなら、こんな才能は要らなかった。
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