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その日は悠哉さんが「打ち合わせで事務所に行くから、時間が合えば一緒に帰ろう」と言ってくれてたので、仕事が終わった後、彼の事務所に向かった。
私が行くことは分かっていたはずだけど、なぜかドアに鍵が掛かっている。
?…と思いながら、自分が持っている方で鍵を開けて中に入ると、大テーブルの上に、「ちょっと買い物に行ってくる」と書かれたメモが置かれていた。
もう夕方だからお腹が空いたのかな?と思い、一番奥にある小さなシンクに行くと、そこで手を洗う。
ふと、シンクの横にあるゴミ箱に目がいった。
なぜかそこに、お花が捨てられている。
よく見ると、枯れたり萎れたりした様子もない。
それほど大きくはないけど、カゴに入ったアレンジフラワーが、そのまま放り込まれたようだった。
深く考えずに、土台部分を持ち引き上げてみると、3分の1くらいは折れてしまっている。
そして、その下には、封筒らしきものが見えた。表書きには、余所の出版社と彼の名前がある。ファンレターだろうか。
今では、ファンの多くはメールで感想を寄せてくる。
宛先はもちろん出版社で、うちの社にも届くけど、中にはこれまでと同様、封書で送られてくるものもある。
封書の場合、うちでは一応、開封だけはさせてもらう。危険なものが入ってないか確かめるためだ。
紙だけであれば、中身を読むことはない。
こんなふうに花やプレゼントの品が届くと、うちも他社もこうして、この事務所へ届けてくる。
以前に比べると、そんなことは本当に稀だけれど…。
それでも、悠哉さんはそういうものを置くところはちゃんと決めてあって、そこの本棚のひとつがそれらの場所になっているはずだ。
「…ごめん妃奈、ちょうどタイミングが悪くて…」
そう言いながら、買い物袋を下げた悠哉さんが入ってきたとき、私の手には崩れたアレンジフラワーと、その封書があった。
パーテーション越しに私を見た彼が、大テーブルの横で固まった。
それでもすぐ、手にした袋をそこに置き、私に近寄ってくる。
「…ごめんな。」
なぜか私に謝る悠哉さんは、花を受け取ってシンクの横に置き、封書はまたゴミ箱に捨てた。
私の背に手を回し、近くにあるソファへと導く。
何が「ごめんな」なのかが分からず、彼が何か言うのを待っていたら、少し間ができた。
考えた末、こちらに身体を向けた彼が、思い切ったように口を開く。
「…さっきのあれ、前の妻からだったんだ」
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