6677人が本棚に入れています
本棚に追加
ビーチ用のサンダルを履いて、大きなつばの付いたハットを被る。
彼と手を繋いで建物を出ると、階段を降りていった。
「この階段って、ホテルを建てるときに作ったのかな?」
崖の下は遠く5キロほどの湾になっているけど、ほかに海に降りる道はなさそうだ。
「そうじゃない? この海岸に降りられるのも、ひとつのアクティビティなんだろうな」
だから言ってみれば、ホテルのプライベートビーチのようなものだ。
ただ、崖下から海面に至るまでの地面は岩や石が多く、砂浜の面積が少ないので、海水浴はできないらしい。
こうやってぶらぶらと散歩するくらいになっているようだ。
平日の夕方、宿泊客も少ないので、海にはほかに人がいなかった。
「…ご両親にやっとご挨拶できて良かった」
彼はそう言って、少しはにかんだ笑顔を見せる。
「私も、ご両親のお墓にご挨拶できて嬉しかったよ」
そう言うと、彼は私の頬に軽くキスをする。
並んで立ち止まり、水平線へと視線を向けると、太陽はもう沈む準備を始めているようだった。
「これからも年に一度くらいは、こうやって二人で旅行したいな」
お互いの背中に腕を回して寄り添うと、悠哉さんはそう言った。
「そうだね。前みたいに、取材について行っても良いし」
「それでいいの?」
「あの時だって、素敵なホテルに泊まって、ジャズを聴きにいったじゃない。ああいうの、またできるといいな」
彼はふふっと笑って「何か、仕事の延長みたいだけどな」と言う。
「じゃあ今回は、仕事はしないつもり?」
「そのつもりでパソコンは置いてきたよ。タブレットはあるけど」
どうかな~?と私は笑って、
「でも悠哉さんのことだから、きっと何か思いついてメモ書きしたりするでしょ?」
「はははっ、そのくらいは許してくれ」
波打ち際をもう少し歩いて、砂の感触を味わう。
ふと振り返ると、二人の足跡が並んで、今立っているところまで続いている。
ところどころ、波にさらわれて消えているところもあったけど…
「見て、ほら、可愛い」
彼は振り返ってそれを見ると、「いいな」と言った。
「こうやって、いつまでも、どこまでも、妃奈と一緒に歩いていきたい。
いい?」
彼がそう言うのを、私は帽子が落ちないように頭の後ろを押さえながら、背伸びをして彼の頬にキスをした。
彼の両腕が伸びてきて、私の背中を抱き寄せる。
私たちは帽子の陰で、甘い口づけを交わした。
最初のコメントを投稿しよう!