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私に向き直り、スマホを横に置くと、悠哉さんがそう聞いてきた。
「え~っ? そうだなぁ…」
著名な賞の受賞作家にそんなことを聞かれても…といつも思うんだけど、最近、悠哉さんはよくこういう質問をしてくる。
彼は、余裕の顔で少し口角を上げながら、箸を持った手はお刺身を一切れ摘まんでいる。
「…ハイスペック彼氏が、旅行に連れてくる場所だったり、付き合い始めた人が実はホテル経営者だとか、女の子が喜びそうな設定はすぐに思い浮かぶけど…。
私だったら、大人女子の傷心旅行かな」
彼は、自分の書くものとは違う世界の話を聞きたいのだ。
だからいつも私は、自分がイメージできるものを率直に話す。
今の例は、書店で溢れているライトノベル系レベルだと思う。
さすがに彼は、そのジャンルまでは読んでいないだろう。
「ふ~ん、そうなんだ。ハネムーンにぴったりのホテルだと思って選んだんだけど、女子一人で来る設定?」
私は、自分のお皿にカルパッチョを取りながら、もう少しイメージを広げる。
「例えば、う~ん、そうだな。
心の中で大きな存在だった人と上手くいかなくなって、自分を再構築しないといけなくなった。
少しの間、日常からも毎日の生活からも離れたい。
心の傷を癒すためにも、しばらく一人になりたいけど、どこかに閉じこもってしまうのも淋しすぎる。
そんなとき、都会の喧噪を離れた海の近くの、新しいイマドキのホテルに、旅行客として滞在するの。
普段だったら選ばない、都会からちょっと離れたリゾートだし、一般的なところとスタッフの距離感も違うから、新しい自分をイメージできる時間が充分に取れるんじゃない?
…どうかな?」
「うん、いいね、妃奈らしい」
「悠哉さんだと、都会で何かの罪を犯した女性の、アリバイ作りにハネムーン仕立てちゃうでしょ?」
はははっと、彼は笑って
「さすがは俺の編集だな。俺の書くものをよく分かってる」
それから私たちは、食べながら呑みながら、そんな話で笑い合った。
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