Honeymoon 後編 【80,000スター御礼】

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その後、パンや卵、トマトなどで簡単な朝食を作り、お腹を満たした。 その日はもう外には出ずに、部屋でホテルステイを満喫しようということになった。 悠哉さんは今回「仕事はしないよ」と言っていたのに、その後もソファでタブレットの画面とキーボードに向き合っている。 何か思いついたらしい。 私はテラスのウッドチェアに凭れながら、最近お気に入りの作家の本を読む。 本当は仕事がらみで読まないといけない本もあったのだけど、今回は敢えてそういうのを避け、一番読みたい本を選んだ。 時々、顔の上に本を被せて目を瞑り、波の音に耳を傾ける。 寄せては返すその音を聞いていると、何となくここが、日本ではないような気になってくる。 たまに、悠哉さんの隣に座ってコーヒーを飲んだり、彼がテラスに出てきて、並んで海を眺めたりした。 家にいたらそれなりに家事もしなきゃだし、こんなふうに2人でのんびりと時間を過ごすのは久しぶりだった。  *  *  * テイクアウトのランチを部屋で食べてから、また、海へと続く階段を降りていった。 海水浴を喜んでするような年齢でもないし、こうやって手を繋ぎながら散歩するのがちょうど良いのかもしれない。 「前に読んだ小説の中で、ああいう岬の下に干潮の時しか入れない洞があって、そこに宝物を隠した、という話があったな」 「映画でもそういうのあったよ」 「映画か…。そういうものの原作を書くのもいいな」 「ヒットすると、原作本もそれなりに売れるみたいだよ」 「書いたものが映画化されるというのはあるけど、映画用に本を書くのはいいかもな。  今だって、俺の頭の中には画面があって、そこに浮かんできた映像を文字にしてるんだから」 そんなふうに言う悠哉さんは、どんな場所でも、書く仕事から離れられないんだな、と心の中で苦笑する。 「…明日は帰らなきゃだね」 「もう、仕事のことが気になってるんだろ?」 彼の言葉は図星で、私はふふっと笑ってしまう。 悠哉さんだけでなく、私もやっぱり同じだなって…。 「こんなに連続して休んだの、初めてなんだもの」 「そういう妃奈も好きだよ。ちゃんと仕事に向き合ってる」 そういって彼は、私の額にチュッとキスをする。 「こんなにのんびりしてるのに、仕事に戻ったらあれをしなくちゃ、とか思ってる自分に笑える…  こういうのを日本人の(さが)というのかな?」 「いいんじゃない? 仕事があって、生活がある。  仕事が充実していれば、生活も大事にしなくちゃ、と思えるし、生活が安定していれば、仕事も頑張れる。  そうやって生きていけばいいんだよ」 そうだね、と頷くと 「まあ、俺がそんなふうに思えるようになったのも、妃奈が来てくれたおかげだけどね…」 彼はそんなふうに言って笑う。 きっと、今の生活に満足してくれてるんだろうな、と思えたら、少し、というか、かなり嬉しかった。 私たちはまた、帽子の陰で甘い口づけを交わした。
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