恋愛の経験値

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寝室の隣のシャワールームに入る。 洗面台の前で自分の顔を見ると、見事に化粧が落ちている。 こんな顔を見られたのか、と思うと、もう隠しておくものもないような気すらする。 身体を洗って、髪も洗って、適当に乾かすと束ねて片側に垂らした。 軽く化粧もする。 いつ出張と言われても良いように、下着の替えと最低限の化粧品は、いつも仕事用のバッグに入っている。 それは、男性の編集者と差を付けられないようにするためだったけど、こんな時に役に立つとは思わなかった。 彼のくれたワンピースは、ノースリーブで大人っぽいシルエットだった。 さすが大人可愛い、ね、と鏡の前で苦笑する。 …私のスカート姿を見るのは初めてだろうな。 キッチンへ行くと、彼がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。 Tシャツにジーンズ。 いつものように束ねられた髪、仕事の時とは違って、前髪も上げられ、一筋だけ下がっている。だけど眼鏡はない。 「コーヒー、できてる」 カウンターのコーヒーメーカーから、良い香りが漂っている。 「適当に食べて」 …なぜか、裸で抱き合っていたときよりも、お互いに服を着ている今の方が気恥ずかしい。 彼もそうなのか、新聞から目を上げようとしない。 テーブルの上に冷蔵庫から出したらしい、ガラスの器がいくつか置かれている。 フルーツを切ったものと、ブロッコリーやレタスなどの野菜サラダ。 バターロールとクロワッサン。 「至れり尽くせりね」 出されていたマグにコーヒーを注いで、彼の向かいに座る。 器の中身が偏っているのは、彼が食べたものが減ったからか。 「…その服、似合ってる」 新聞に目を落としたまま、そう言われた。 「ありがとう。着心地もいいの」 「なんか恋人同士の会話みたいだな」 「違うんですか?」 「違わない」 手元の取り皿に食べたいものを取って、遠慮なくいただく。 クロワッサンの巻き終わりから層を剥がす。 パリパリと音がしそうな感触。うん、好みだ。 「子どもみたいな食べ方だな」 「大きなお世話です」 「俺もやるけどな」 思わず、ふふふ、と笑ってしまった。 新聞から顔を上げた彼と目が合って、ふたりで笑い合った。 「このパン、どこのですか?」 横に置かれていた紙袋を見る。 「坂を下ったところにあるパン屋のだ。気に入った?」 「ええ。…おいしいお店かどうかは、クロワッサンの出来で分かる、と言うのが持論です」 「うん、同感」 そう言って彼も手を伸ばし、クロワッサンの層を剥がしながら、ちぎって口に入れた。
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