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私も一緒にグラスを持ち上げたあと、少し口を付けると、あまり渋みがないフレッシュな味が広がった。
「飲みやすいですね」
うん、と頷いて、グラスをテーブルに置く。
「どうぞ、食べて」と言って、自分も大皿から好きな物を取り始める。
じゃが芋、人参、エリンギ、ブロッコリーがゴロゴロと入ったシンプルな味の炒め煮、トマトとモッツァレラチーズのサラダ、小松菜と油揚げの煮浸し、斜めに切ったバケットにオリーブオイル…。
どれも薄味で美味しいし、バランスも良くて健康的だと思う。
彼はひとり暮らしだけど、食事づくりと掃除に、週2日ほど50代の女性が通ってきている。
夕食を作っている様子を見かけることもあって、羨ましく思っていた。
…人に作ってもらえる余裕のある立場だから、ね。
呑んだり食べたりしながら、今、書いているものの先の話から始まり、こういう設定ではストーリー的に無理はないか、とか、こういう場面では女性はどんな気持ちになるんだろうとか、ひとしきり仕事の話をしたあとは、ワインを飲みながら、過去の作品にまつわるエピソードなども聞かせてくれた。
もちろん私は全作品読んでいるし、時々「あの作品のあれ」と言われても分かるように、日頃から気にしているから、その裏にあるものの話は聞いていて楽しかった。
知らない人とは話したくない、と言うオーラをまとっている先生だけど、私はもう就いて2年以上になるので、それなりに認めてもらっているんだろう。
「それで、編集者としては、作家の僕に満足してくれてるのかな?」
さっきから、私の仕事の内容について聞かれている。
学生時代にたまたま見つけた雑誌社のアルバイトを体験したことで、こういう仕事を選びたいと考えたこと。
駆け出しの頃の失敗談や、先輩や男性編集者に認めてもらえるように、どんなことを努力したのか、とか。
先生は、テーブルに肘をついて顔を乗せ、適度なペースで質問を投げかけてくる。
今度は、編集者としての仕事や、女性が働くことについて知りたいのか、と想像して、その問いに答える。
「もちろん。たまに締め切りを忘れたふりをしなければ、ですが」
そんなふうに言っても怒られないくらい、信頼関係はできている…はず。
「作家という仕事は、実は職人仕事だ」と、先生がどこかに書いていたのを思い出す。
日頃からアイディアを貯めていて、緻密に計算しなければサスペンスは書けない。
そう言う意味では、常に新しいアイディアを出し続けている先生を、私は尊敬していた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです。ワインも」
結構な時間が経ち、話が途切れたところで、そういって私が立ち上がると
「タクシーを呼ぶか?」と先生が聞いてくれた。
「ええ、お願いします」
時計を見ると、もう夜の10時を回っている。
椅子の背に掛けてあった上着に腕を通し、重いバッグを持って、玄関の方へ向かう。
結局2杯飲んだワインで、ふわふわするのを隠して、いつもように振る舞う。
玄関へと向かう私に、スマホを手にした先生が近寄ってくる。
ほろ酔いで過去の恋愛事情まで打ち明けてしまった私は、ちょっと恥ずかしかったが、その分先生との距離が近づいて、これからの仕事がスムーズにいくような気がしていた。
なぜか先生が、どんどん距離を縮めてくる。
何となくだけど後ろに下がったら、壁に触れてしまった。
シャツの胸元に、シルバーのチェーンが見える。
…自分の家にいるのに、お洒落だな。
そんなことを思ったとき、先生の顔が傾いて「ひとつ相談がある」と言った。
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