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運命の人はつくられる
髪を撫でる感触で気がついた。うとうとしていたらしい。
向き合って、彼の腕の中に抱き込められたまま、どのくらい寝ていたのだろう。
目を開けた私に気づいた彼が、額にちゅっとキスをする。
「疲れた?」
言ってしまえば、オーソドックスな行為だったと思う。
無理をすることも、驚かされることもなく、私でもついていけた、はず…。
先生は余裕たっぷりで、私の反応を見ながら、丁寧に愛撫され、何度か波の上に押し上げられたので、気怠い感じが身体に残っている。
「…ずるい」
「なんで?」
「私のこと、冷静に見てたでしょう?」
彼はふふっと笑って
「どうすれば女性は気持ちがいいのか、こんなに考えながらセックスしたことなかったな。これも年の功というやつか?」
また古い言葉を、と思いながら、髪を撫でる彼の手の感触に浸る。
こうやって、髪を触られるのが好きなのだ。
どうされたいかなんて、口に出して言えないから、彼の良いように、と言ったのに、私のどこをどうすれば喜ぶのか、身体のあちこちで探られた。
自覚している場所以外に、発掘されたところもあったような気がする。
「女の身体はみんな同じじゃない」
「それなら、妃奈が気持ち良くなるには?と言い換えようか」
直球で言われて、言葉に詰まる。
「どうしてそういう恥ずかしいことを、さらっと言えるの?」
「まあ、一応言葉を商売にする人種だからな」
今度は鼻の頭にちゅっとされる。
「…何となく、思っていたんだけど」
「なに?」
「先生の作風で、赤裸々なセックスシーンが出てくる要素があるとは思えないんだけど…」
彼は目を反らせて、ふふっと笑う。肯定したようなものだ。
「ただ、いつか純粋な恋愛小説を書きたいとは思っている。今書いている分野だけじゃあ、作家としてのジャンルが狭すぎて」
「純粋な恋愛小説とは?」
「ミステリや謎解きがない、男女の感情の機微を追ったもの、と言えば分かる?」
私は頷いて
「どうしてそう思うように?」
「どうしてかな。…そうだな。
年を取ってもお互いを思う気持ちが感じられる夫婦と、そうじゃない夫婦がいる、ということが不思議で。
…多分俺は、あのとき離婚しなかったら、今頃はただ金を稼ぐだけの存在になっていたような気がする。
仕事が忙しくても、それも俺だから分かってくれると思っていた。
でも、『私のことはいつもほったらかしだ』と言われたとき、この人はありのままの俺を好きなわけじゃないんだ、と思った。
いつも気に掛けて、何かしてあげてないと、俺の思いを感じることができないんだ、と。
俺は愛という感情だけで繋がりたかった。まあ、我が儘だったんだな」
愛がなくても、繋がっている夫婦はいっぱいいる。
この人は、純粋に愛だけが欲しかったんだ。芯までロマンチストで、作家なのだ。
私はそっと手を伸ばして、彼の頬に触れた。
「俗にいう、運命の人というわけね?」
「そうかもしれない。当時はそうじゃない状況を飲み込んで、一緒に生きて行くという選択ができなかった」
彼のシャープな顔のラインに沿って、指は首へ滑り、そのまま鎖骨の窪みを触っていく。
「ただ、そういうものを書くには、今までの経験だけでは膨らませることができないな、と思っていたんだけど…」
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