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私はやっとその気になって、ソファから立ち上がりドレスを選び始めた。
光俐さんが一緒について、アドバイスをくれる。
…白いドレスはシンプルにして、カラードレスは少し凝ってみたいな。
確かに、結婚式にそれほどの思い入れはなかったけど、ウエディングドレスは着てみたかった。
…だって、一生に一度のことだから…ね。
いきなりお店に来て、サイズって大丈夫なんだろうか、と思ったけど、彼女曰く、「標準体型より少しゆったりとしたサイズを選んであって、だいたいのものはウエストで絞れたり調節できます」とのこと。
その代わり、どうしても必要な下着は、買い取りになるそうだ。
30分くらい迷って、白のロールカラーのドレスと、パープルのオフショルダータイプに決めた。
白の方は本当にシンプルだけど、背中はV字ラインになっていて、トレーンも長い。
『ローマの休日』に出てきそうな感じもあって、とても素敵だ。
もうひとつの方は…
ドレスを決める前に、「こちらはご主人からのプレゼントです」とテーブルの上に置かれたのは、ガラスのドームに入ったブーケ。
「撮影したあとも、おうちでこのまま飾っていただけますよ」
ドームの部分を外して取り出すと、ちゃんと握る部分もある丸いブーケだった。
生の花に近づけて作られた花を、今時は『アーティフィシャルフラワー』と言うそうだ。
「カタログで見たとき、それが妃奈に一番似合いそうだと思ったんだ」
彼が選んでくれたそのブーケが、ピンクとパープルの薔薇を中心にしてあったから、それに合わせて選んだのだ。
ドレスは落ち着いた深いパープルの生地に銀色の刺繍があって、その上からピンクのオーガンジーが覆っている。
先ほど登っていった階段の奥が、更衣室兼メイク室になっているとのことで、光俐さんに促されてそちらに入る。
悠哉さんは「男性の更衣室がないので、スミマセンが2階でお願いします」と言われ、ドレスの色に合わせて選んだ三つ揃えを持って上がっていく。
鏡の前に座り、撮影用にメイクを少し足してもらう。
髪をゆるふわに編み込んでアップにし、飾りはシルバーのティアラ。
セットのネックレスは、デコルテに添うような形になっている。
初めてパニエを付け、ドレスを着せてもらうと、一気に気分が上がった。
…あぁ、お姫様だ。ちょっと薹が立っているけど。
そう内心で思って、可笑しくなった。
背中に回った光俐さんが編み上げの紐を調節すると、ドレスが身体のラインにぴったりと合った。
肘の上までの長い手袋を嵌める。
「お似合いですよ」
そう言って、鏡越しに微笑んでくれる。
彼女に導かれ、階段をゆっくりと上がっていく。
2階のフロアに着くと、ダークグレーのベストとスラックスの上に、ブラックのジャケットを着た悠哉さんが迎えてくれた。
「…妃奈、綺麗だ」
彼がためらいなく伸ばす手に、自分の手を重ねる。
「悠哉さんも、素敵よ」
ジャケットの襟が、ベストと同じ色と素材になっていて、とてもお洒落だ。
私たちはまず、ソファのあるセットに向かい、そこで座って撮ってもらうことにした。
最初は上手くできなかった自然な表情も、お二人の声かけで徐々にこなれてくる。
その後、向かいの階段のあるセットに移動して、今度は先に私だけのカットを撮ってもらう。
せっかくの長いトレーンなので、斜め後ろからのカットにする。
そこでもちゃんと2人で撮ってもらって、一度下に降り、ドレスを着替える。
今度は髪に、ブーケとお揃いの花を差してもらい、また2階へと戻る。
光俐さんのアドバイスで、悠哉さんは上着を脱いで、上はシャツとベストになり、カラードレスに合わせる。
白いテラコッタ調の塀のような柄のスクリーンの前で、二人でおしゃべりしながら撮ってもらう。
そして、先ほどの3段階段の上に立ち、数カット撮影したあと、最後は向かい合って撮ることにした。
私はブーケを両手で持ち、向かい合う彼がそこに両手を添える。
…そう、彼の家に引っ越した日、こうやって誓いのキスをした。
さすがに今日はキスはしないけど、でも、言葉では伝えたい。
「ありがとう、今日は本当に幸せな誕生日になった」
「うん、これからもずっと、幸せでいような…」
【end】
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