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チェックインして、部屋で一度落ち着いた後、ホテルの案内を見ながらレストランを決める。
本当はコースを予約しようと思っていたけど、お祝いされる側の悠哉さんが「メニューを見て、その日の気分で決めたい」と言ったのだ。
「若い頃は見栄もあって、特別な日にはそういう料理でないと、というような気持ちもあった。
けど、今はただ、妃奈と一緒なら冷凍のピザだって美味しいと思う。
だからさ、値段じゃなくて、食べたいものを食べようよ」
そう言われればそうだ。
コース料理だって、必ずしも好みに合っているとは限らない。
気取った席より、私たちらしいディナーになればそれでいい。
カウンターでステーキを焼いてくれるブッフェスタイルのそこは、平日ということもあって、比較的空いていた。
大きな窓から、ライトアップされた庭園が見える窓際の席に座り、食前酒にシェリーをオーダーする。
このレストランは個室もあって、そちらも空いていたのだけど、外食するとき悠哉さんはいつも、周りの人の様子を観察している。
無意識かもしれないけど、多分、何かの時に見たものが文字になったりするんじゃないかな。
「これ、プレゼント」
私はバッグから小さな紙袋を出す。
何…?と嬉しそうに手を出す彼にそれを渡すと、さっそく開けている。
「ちゃんとプロが作ったものだから、今度はすぐに切れないと思うよ」
革でできた細い二重巻きのブレスレット、Yの字の金具がつなぎ目になっている。
初めての夜を過ごした証に彼がバングルをくれた時、自分で作った革のブレスレットを代わりにあげたのだけど、素材が安かったせいか直に切れてしまったのだ。
「嬉しい、ありがとう」
付けて…と腕を差し出され、そこに取り出したブレスレットを巻き付ける。
「ふふっ…、何を笑っているの?」
悠哉さんも笑ってそう聞いてくる。
「今日からは指輪もはめているし、これで誰にも取られないなって…」
「ふっ…、妃奈はホントに可愛いな」
彼は私の左手を両手で包み込んで言う。手首には彼のくれたバングル。
「俺の方こそ、これで妃奈に色目を使う男がいなくなると思うとホッとするよ」
…色目…? そんな人いたかな?
首を傾げている私に、彼は続けて言う。
「自分では気づいてないかもしれないけど、日々が充実してるからか、妃奈はどんどん綺麗になってる。
だから、一緒にいないときは、いつだって不安さ」
そんなふうに言うけど、口元が嗤っているところを見ると、半分は冗談なんだろう。
タイミング良く食前酒が運ばれてきて、特別な日のディナーが始まった。
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