ふたりだけの… 【60,000スター御礼】

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「正直、本が売れてホッとしてる」 並んでバスタブに浸かると、彼がポツンとそう言った。 「世の中がこんなにデジタル化してしまって、紙の本がどこまで売れるのか、毎回結構なプレッシャーなんだ。  これからは、売るために何かのイベントをしないといけなくなるかもな」 「そうだね、よく分かるよ。うちも既刊本はどんどんデジタル化してるからね。  ただ、活字が好きな人は、いつの時代も一定数はいると思うの。だから後は売り方だなって。  この後、この業界はどうしていけばいいのかなって、いつも思ってる」 彼は窓の方を見たまま、何かを考えている。 「だから俺も、ネットでしか読めない本を出すべきかな、と思ってるんだ。  音楽のデジタル配信みたいな?  でもそうすると、紙の本が売れなくなるのに拍車を掛けることになるのかなって、迷ってる」 「うん…、そうだね」 こっちを向いた彼に、私はちょっと考えながら言葉を繋げる。 「いつかは、そういうときが来るのかもしれないね。紙の本とネットの本が逆転する時が…。  でも、今、ネットでしか読めない本は、比較的軽い内容のものが多いよ。  気軽に読めて、展開も早くて、流行の言葉を多用して、みたいな。  悠哉さんの本みたいに、本格的な『The小説』みたいなものは、まだネットだけという訳にはいかないんじゃないかな」 「…なるほどね。俺はもっと単純に考えてたよ。媒体によって、合う合わないってあるんだな」 「そう。私もネットで小説読むけど、やっぱり若い人向けっていうか、分かりやすいストーリーが好まれるんだなって思うよ。  でもこの先、大手出版社もいろいろやっていくと思う。うちの社もいろいろ模索してるから」 彼は腕を伸ばし、私の肩を抱き寄せる。唇にチュッとキスが降ってくる。 「…やっぱり俺の編集は有能だな。状況をちゃんと理解した上でアドバイスをくれる」 そう言って、にこっと笑った。 「もしネット配信だけにするなら、短編が良いと思うよ。  一日くらいでどんどん読めて、『あ~、面白かった』って思えるようなもの…?」 ふいにまた、唇が塞がれた。 今度は頬に手を当てられて、そのまま唇を食まれる。 顔を離すと、彼はニヤッと嗤って「やっぱり濃厚エロ小説じゃん」と言った。 数日前、習作の2本目がメールで送られてきた。 なんでメール?と思ったけど、そういう内容なのだと理解して、外に出たついでにわざわざカフェに入って、それを読んだ。 『刹那の恋』というタイトルのそれは、何やら訳アリな男女が、一晩だけの関係を結ぶ話で。 経験が少ないらしい女性に、男の人が教えている内容だった。 まあ、彼が『濃厚エロ小説』と言っているだけあって、そういうシーンばかりな訳で、会社でも家でもなくて良かった、と思ったのは内緒…なんだけど、 「…妃奈、顔に出てるよ」 彼はそう言って、自分の膝の上に私の身体を抱き寄せる。 お湯の浮力で簡単に横抱きにされてしまう。 「あれ、そんなに良かった?」 腕の中に入れられ、逃げられないように背中を抱かれ、甘い目で見つめられる。 「…あのっ、最初はタイトルが良いなって…」 「そう? 先にタイトルが浮かんできたんだ。それからそのタイトルに合うストーリーを考えたんだけど…」 「…ああいうシーンを減らして、もっと登場人物の背景なんかを書き込めば、普通の恋愛小説にできるかもよ…っ」 声が上ずってしまったのは、お湯の中で、彼の手が私の胸を揉み始めたからだ。 「妃奈にも教えてあげようか…?」 私はとっさに彼の首筋に腕を巻き付け、胸を弄られないように身体をくっつけた。 そのまま彼の唇を塞ぐと、容赦なく舌を入れられ、私のも絡め取られる。 唇は離れることなく、濃厚なキスへと変っていく。 「出ようか…? また何度も入ればいい」 深いキスに満足したのか、彼はそう言ったけど、綺麗にしたはずの身体は、あちこちが濡れたままだった。
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