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結構な衝撃で、私は言葉に詰まった。
「本が売れたからなんだろうけど、急に送ってきてさ。
もちろん変な意味じゃないよ。ただ、成功して嬉しい、とか書いてあった。
捨てたやつ、気になるなら読んでくれても構わないけど…」
微妙な沈黙の時間が数分あった。なんて返したら良いのか分からなかったのだ。
「…それで花も捨てたの?」
「…うん、まあ、その…。
多分、売れなかったら、コンタクト取ってくるような人じゃない。
売れた途端、知り合いだという顔をしたいんだ、と思えて。
なんだ、えっと、八つ当たり…?」
私はちょっとホッとした。隠したんじゃなくて、腹を立てたから捨てたんだ…。
彼は困ったような顔をしている。
今日、私がここへ来ることは分かっていたはずだから、やっぱり隠したつもりはなかったんだと思う。
「ごめん、嫌な思いをさせて…。
もちろん出版社も、個人情報を漏らすようなことはしないから、何か心配するようなことは起こらないけど、…感じ悪いよな」
私はううん、と首を振る。彼が悪い訳じゃない。
「でも、お花に罪はないよ。可哀想じゃない」
彼はお花以上に萎れて、「そうだね、大人気無かった」と言う。
いつも大人の余裕を纏わせている彼が小さくなっているのに、少し可笑しくなった。
「何を買いに行ったの?」
そう聞くと、彼は顔を上げる。
「今日は呑みたいなって思って、ワインと惣菜を適当に」
「お惣菜はなに?」
「ローストビーフとジャーマンポテト」
「うさ晴らし?」
「…まあ、そうだね」
「じゃあ、付き合う。でもお花は持って帰ろう…?」
「いいの?」
「ダメな理由がないよ。せっかく綺麗なアレンジ花なのに」
私はシンクの引き出しから予備のレジ袋を出すと、お花をカゴごとそっと入れた。
* * *
家に帰ると、テーブルの支度を彼に任せて、私はパウダールームでお花の救出をする。
それでも、その人の物が家にあるのもイヤなので、花は全部抜いて、カゴと中にあったオアシスは処分することにした。
茎が折れたものは短く切って、お皿を水盤に見立てて浮かべ、無傷のものは長さを調節して花瓶に入れる。
リビングのテーブルに花瓶を置き、水盤の方はキッチンのテーブルへと置いた。
「こんなふうにできるんだな」
水に浮く花たちを見ながら、悠哉さんがそう言う。
「そうよ。これはこれで可愛いでしょ?」
「う~ん、この花の下に何かが隠れてたら面白いな…」
彼はその造形を見ながら、ネタを考えている。
いつものことなので、私はそれを笑って流す。
「さあ、美味しいものいただこう?」
テーブルの上のワイングラスを手にすると、注いで?と催促した。
「おっ、積極的だな。今夜は楽しみだ」
ワインを呑むと、高確率で酔っ払う。分かっているけど、さすがに今夜はお互い素面じゃいられない。
自分のグラスへも注いだ彼が、乾杯、とグラスを持ち上げる。
赤ワインは渋みが強いけど、今夜のは甘みも結構あって深い味がした。
キッチンには、彼の好きな女性アーティストのボサノバがかかっている。
テーブルの上には、買ってきたものの他に、私が作り置きしてあるスティック野菜のピクルスと、にんじんのごま和え。
いつもの夕食の風景に、不安なんてなかった。
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