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お酒のせいなのか何なのか、彼は部屋着の裾から手を入れると、下着まで一気に剥ぎ取って、私をベッドへ押し倒す。
服を脱がす行為でさえ、すでに、お互いを満足させるための手段だと考える彼は、いつもはこんなことはしない。
「…妃奈だけだ、俺には妃奈だけ」
私の胸元に顔を埋め、背に回した腕でギュッと私を抱きしめる。
その言葉に嘘がないことは分かっている。
それでも、今、それを口にするのは、彼の中の何が作用しているのだろう。
珍しく、白い胸の膨らみに吸い付いて、赤い華を咲かせる。
私は両腕を持ち上げ、彼の頭を包み込んで抱きしめた。
…人の縁とは、努力して保っていかなければならない、と聞いたことがある。
人は一生のうちに多くの人と出会うけど、縁を感じた人と長く付き合っていきたいなら、お互いに縁を紡いでいく必要がある。
恋人や夫婦といった一対一の関係は特に、出会いのタイミングや一緒にいられる条件もついて回る。
…悠哉さんと奥さんは、そういった縁を紡いでいけなかった。
一人で生きてきた私と、離婚を経験し、作家になった悠哉さんだからこそ、うまく折り合えたのだ。
…だからもう、返してあげない。
彼の実績も評判も、ひと欠片も、貴方のものにはならない。
だからもう二度と、彼の世界に入ってこないでほしい。
私は悠哉さんの腕に抱かれながら、心の中で元奥さんにそう告げた。
【end】
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