クレア

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クレア

「この戦いに勝てばお父様もお母様もきっと見直してくださるわ…」  クレアは凡才だと自分では思っている。  代々炎魔法を極める家に生まれ自身もその才能に恵まれていたがその力は両親よりも劣っていた。それはクレアにとって深刻な問題だった。魔法使いの家系は自らを、そしてその子供達を実験の成果として魔力を高めていかなくてはならないからだ。自分よりもより高度な魔力技術を子供に伝え、世代を重ねていくごとにより強大な魔力を身に着けていく。そのため親より劣る子供などあってはならない存在だった。それならば親がまた別の子供をつくった方がより強力な力を引き継げる。例え血のつながらない他人よりいくら優れていても血族の間で優れていなければ認められることはなかった。クレアもまた家族にはいまだに認められたことはない。それどころか5つ下の妹に名前を奪われていた。クレアは本当はフレアという名前だったが妹の魔力量がクレアより圧倒的に上回っていたためその名を妹に奪われたのだ。フレアは代々魔術を継ぐ者に与えられる名前だからクレアはその名にふさわしくないとされたのだ。まだ5歳だったクレアだがその意味は十分に理解していた。あの日の悔しさを忘れた日はない。  なんとか一族の期待に応えようと励んだクレアだったが限界魔力量は生まれ落ちたときから決まっており伸ばすことは困難を極めた。例外として神具と言われる伝説の武具や魔獣聖獣神悪魔など人知を超えた高位の存在と契約すれば魔力量を伸ばすことができるが、それは伝説の中に出てくるような英雄でしかなしえないことだった。簡単にできることではない。ただ、そんな伝説の中にしか存在しないような武具を比較的簡単に手に入れる方法が一つだけあった。それは王宮の12のクランに存在する12の神具だった。王宮の12のクランは王宮にある12の伝説の神具の下にあるクランであり所属する者が勇者の仲間に誘われた場合その伝説の武器ともに勇者に付き従うことになっていた。勇者のパーティに選ばればクレアは伝説の武器を手に入れることができる。勇者に選ばれることができればクレアは一族の期待に応えることができるのだ。勇者に選ばれることがクレアが両親に認められる唯一の方法となった。それからクレアの血のにじむような努力の日々が始まった。あれから10年…ようやくここまでたどり着いた。地方大会とはいえ決勝まで勝ち進むことができたのだ。まだ地方大会の決勝にすぎないがこれを乗り越えなければ伝説の武器にたどり着くことはできない。 「お父様。お母様。見ていてください。クレアはきっと期待に応えて見せま…ぶふぇ!? 」  自分の世界に浸っていたクレアの思考は何物かにさえぎられた。いきなり何かが口の中に飛び込んできたのだ。 「なんなのこれは…もぐもぐ。バナナ? 」  結構美味しい。じゃなくて… 「汚くないっていうならたっぷり食らわしてやるネ! ペッぺっぺっ! 」 「だー!? 汚っ! 何すんねん! 」 「ほれやっぱり汚いヨ! 」 「当たり前やろがい! 」  見ればチームメイトのイッチとフェンフゥが極めて低レベルな争いをしているところだった。 「貴方達いったい何をしているの…」  今まさに決勝戦が始まろうとしているのにあまりにもくだらない言い争いにめまいがしてくるクレアだった。クレアには人生がかかっているのだ。こんな阿呆なことでベストを尽くせないなどあってはならない事だ。 「もうちょっと緊張感を持ちなさいよ! 決勝なのよ! 」 「緊張? たかが地方大会の決勝やで。こんなところで緊張なんかするかい! 」 「なんだクレア緊張しているネ? 」  ところがクレアが注意すると2人は喧嘩していたのが嘘のようにクレアをまじまじと見つめてくる。 「な、何よ…」  思わず後ずさりするクレア。 「ワイは魔王を倒す男やで! こんなところは通過点や! 緊張なんかするかい! 」 「そうヨ通過点ヨ。クレア胸が小さいから心臓も小さいネ! ノミの胸ネ! 」 「せやな! 肝っ玉が小さいな! まぁ玉はないけどな! 」  そういってガッハッハツと笑いあう2人。 「あ、あんたら…セクハラで訴えるわよ…」  一瞬でも気押されした自分が馬鹿だったとクレアは後悔した。  こう見えてもイッチは今大会の注目選手ソードレジェンドだった。ソードマスターならぬレジェンド。当然ソードマスターよりさらに上の特別上級職にあたる。ソードマスターは前衛職で魔法は不得意だが剣術体術に優れる上級職だ。学生レベルで上級職に就ける者は少ない。だが経験を積めば一応到達できる極みだった。しかしソードレジェンドとなればそうはいかない。努力だけではどうにもならない才能が必要だった。こんな辺境の村になんでソードレジェンドが生まれたのか謎だったが天才はどんな環境にいても能力を発揮することができるということだろう。そう、イッチは不条理なことにこと剣と体術に関しては天才的だった。 「安心しい! 優勝はワイらや! なんたってワイがいるからな! 」  イッチはそういうと能天気に笑う 「誰が緊張なんかするもんですか! 」 「そうそう。お前はそうやって怒っている方が似合ってるで。なにせ炎使いの魔法使いはやばいやつばっかやからな! 」 「誰がやばいやつよ! 」  魔力属性によって性格が変わってくるというのはオカルトの域をでないが確かにそういう説は存在していた。それは高純度に炎魔法だけを極めた者が例外なく苛烈な性格になってしまうからだ。残念ながらクレア程度の魔力ではそうはならないが。 「まぁ、緊張は解けたみたいやな」  ケラケラと笑っていたイッチが急に真面目に言った。 「ワイは魔法は使えんから。そこはお前らが頼みや。頼んだで! 」 「…」  全く持って忌々しい。一体どこまで計算づくなのか。一連の騒ぎで確かに緊張はどこかに行ってしまった。  クレアにとってイッチと出会えたことは僥倖だった。クレアは魔力が少ないから一族にとって妹のスペアになり下がったけれどスペアにもまた大事な使命があった。妹に何かあった時その血を絶やさないようにしなくてはならない。場合によっては父親との近親交配も禁忌ではなかった。炎の魔術を後世につたえていかなくてはならない。だから炎の魔法以外を覚えるのは許されなかった。名門の魔術学園にも誘われたが他の魔法を覚えないといけないので断わらざるをえなかった。妹ほどの魔法使いともなれば炎の魔法以外を覚えないという特権も許されたがクレア程度では許されない。だから地方のなんでもない学園を選んだ。そんなところから勇者のパーティに選ばれるほどに腕を上げることは不可能に思えたが偶然にもイッチと出会うことができた。イッチとなら大会を勝ち抜くことができる。大会を勝ち抜けば王宮のクランの目にとまる機会も増える。目的に近づける。クレアはイッチとの出会いを運命だと思った。そしてクレアとて年ごろの娘なのでそんなイッチとの出会いに別の運命を感じてしまったことも無理のないことだった。なんというかクレアには最初に出会った時イッチが王子様のように見えてしまったのだ。勿論イッチは王子様などではなくむしろ野生児なのだが一度好意的になってしまっているのでバイアスがかかってしまうのだった。 「ふん…優勝が目的なのは私も同じよ。援護はしてあげるわ」  口ではそういいつつも雰囲気では『勘違いしないでよね! 別にあんたのためじゃないんだからね! 』という雰囲気が駄々洩れになっていた。 『はぁ…イッチといるとペースが乱される。イッチといると気分が高揚する。心も乱される。分かっている私はイッチに好意を抱いてる。でも私は炎の魔法使い。その血を絶やしてはいけない。イッチはソードレジェンド炎の魔法どころか魔力がないに等しい。だからこれ以上好きになってはいけない。好意を抱いてはいけないわ。駄目よ。駄目なのよクレア。あまり近づいてはいけないわ…』  なんだか一人で盛り上がっているクレアさんだった。 「そうネ。優勝は私達ネ。勝たせてあげるヨ! 」  そんなクレアを見ながら何やら意味ありげに笑うフェンフゥ。はたから見ればクレアの思いなどばればれだった。本当に知らぬは当人ばかりなのだ。
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