嫉妬!

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 打ち合わせ当日、ウキウキ気分でテレビ局へと向かう。以前は電車などを使って移動していたが、この日は局が手配したタクシーだ。しかも局舎前に到着すると、関係者が揃ってお出迎えだ。“大御所”並みの待遇であり、その期待の大きさがひしひしと感じ取れる。局内の一室に案内されると、完成したばかりの“第1話”の台本が手渡された。興味津々といった様子でページをめくっていく。どうやらラブストーリーらしい。主人公であるヒロコ号の役どころは、恋に一途(いちず)な美少女のようだ。  「少女かぁ、できるかな。」  若干照れながら、なおもページを進めていくと恋愛ドラマであるが故に、キスシーンや抱擁のシーンがふんだんに出てくることに気が付いた。担当者が説明を加える。  「テレビシリーズが好評を託すようであれば、同じキャストでひきつづき映画化も検討しています。」  「すごーい。これは責任重大ですね。精一杯頑張ります。」  「それで…劇場版のときは、テレビではちょっと難しいと思われる、もう少し踏み込んだ描写も出来たらと思っているんですが…」  遠慮がちに担当者がお伺いを立てる。一般的に「体当たり」とも称されるようなシーンを考えているのだろう。ヒロ子号自身、そういった演技に挑むこと自体は、なんらNGではない。しかし、ふと婚約者の顔が浮かんだ。およそ2年前から交際している竜彦(たつひこ)である。彼が何と言うだろうか。理由はどうあれ、結婚を間近に控えた愛する女性が、自分以外の男と何度も唇を重ねようというのである。いや、もっと濃厚な場面が出てくることは、担当者の口ぶりからしても明らかだ。実は、ふたりの関係はまったく極秘であり、業界内にこの事実を知るものはいない。故に、担当者もそのあたりの配慮などあろうはずがないのだ。同業者であれば、もしかしたら理解も得られやすいのかもしれない。しかし彼は、この世界には縁もゆかりもないまったくの一般人だ。仕事だからといって、そう簡単に割りきれるものでもなかろう。それはそうだ。会社勤めのサラリーマンやOLが仕事として、アカの他人とキスをかわす場面など、いくら考えても思い付くはずもない。  もちろん、彼に内緒で話を進めるのではなく、本人の納得を得たうえで撮影に臨みたいというのが本意だ。ある日突然、テレビ画面に彼女の“衝撃映像”が映し出されたら、それこそぶっ飛ぶであろう。ドッキリどころの騒ぎではない。とはいえ、仮に彼が難色を示したとしても、初めて掴んだ主演のチャンスだ、おいそれとお断りするといった選択肢などとうてい考えられない。様々な葛藤に揺れ動きながらも、まずは竜彦に事実を伝えよう、そう考えて、スマートフォンを手に取ると彼をビデオ通話で呼び出した。
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