嫉妬

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「ただいま。ごめんね、偶然高校の同級生に会って少し遅くなっちゃった」  洗面所で手洗いうがいをしながら樹に声を掛ける。  テレビを消して「おかえり」と近付いてくる樹の声が、いつもよりも低い気がして顔を上げた。  鏡越しにぶつかった樹の視線が、今まで見たことがないほどに強く尖っている。 「どうしたの?」  なにかあったのかと急いで手に付いた泡を流して蛇口から流れる水を止めたところで、いきなり背後から強く抱きしめられた。 「な…、ンッッ!!」  樹の左の親指と人差し指が、千鶴のあごを挟んで強引に振り返らせる。  そしていきなり深く唇を貪られた。閉じた唇の合わせを無理矢理押し開き、樹の舌が入り込んでくる。  思わず奥へ逃がそうとした舌がそれより先に捕まって、激しく絡めとられ息苦しさを感じた。  後ろからの抱擁を押し返すことも出来ずに、服の中にまで入り込んでこようとする樹の右手の暴走を、両手で抑えるしかできない。 「んん……っ!」  違う。さっき千鶴がすぐにふれたいと願った手は、優しさを感じられないこの手じゃない。  下着をずらされ胸の先端を弾かれて、押し返そうと掴んでいた樹の手首に思わずガリッと爪を立ててしまった。  それで我に返ったのか、唇が解放されて、樹の手が千鶴のはだけた洋服から出て行った。 「っ…、なんで?」  息切れした呼吸のまま樹に問いかけた。こんなに、恐いほど強引に求められたことなんて今までなかった。 「怒ってるの?」  無言のまま腕を引っ張られて、尚も許可なくドサリとベッドに背中を沈まされた。  顔の脇に樹の両手を置かれ、ギシリと音を立て跨れて逃げ道を塞がれる。見上げた樹の顔は、怒ってはいなかった。  悲しそうにも、不安そうにも、そして、とても傷付いているようにも見える。こんな樹の表情を見たのは初めてでギュっと心臓が圧迫される。  それを見て、千鶴は無性に泣きたい気持ちになった。 「どこにも行かないでほしい」  樹は、よく聞いていないと気が付けないほどに微かに震えた声で、確かにそう言った。
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