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余韻
樹は、初めて心の底から千鶴と気持ちが通じ合った気がしていた。
今まで見せてくれなかった千鶴の、深い傷を負った剥き出しの本心を、半ば強引にではあったがやっと曝け出してもらえた。
優しく重ねた唇から、千鶴へのどうしようもないほどの愛おしさが込み上げてくる。重ねた唇の温もりだけでは足りなくなり、舌先で千鶴の唇の輪郭を描いて濡らしていく。
緩く掴んでいた千鶴の肩がぴくりと跳ねたのを手のひらで感じた。もう何度もキスをして、何度も身体を重ねているのに、未だに初心な反応を示すから可愛くて仕方がない。
中に入りたくて、唇の合わせをなぞり、もっと熱を分け合いたいと強請る。ゆっくりほぐすように窪みを往復させると、許しなのか、はたまた諦めなのか、微かに開いていく唇に甘えて導かれるように侵入していった。
いつも先に求めるのは、樹の方からばかりだという僅かな寂寥感を頭の隅に追いやって、千鶴の舌に樹のそれを絡めていく。粘膜同士で感じる熱に、すぐに樹の中から出ていこうとする理性を落ち着くようにと宥めて、頭の真ん中に座らせた。早く先に進みたいという欲望を、冷静に抑え込む作業は存外難しい。
まだ少し触れ合わせただけなのに、びくりと奥に逃げる舌を追いかけて、宥めるように優しく撫でた。
「ふ……んんっ…」
薄く開いた唇から千鶴の吐息と、抑えきれなかった分の声が洩れる。
ほんのりとさっきまで食べていたカレーの匂いが残っていて、その事が千鶴が積極的になれない一つの要因だとはわかっているけれど、今はキスの感覚以外なにも拾わないで欲しいと思ってしまう。
やっと一緒に暮らせるところまでたどり着いた。恋愛に臆病な千鶴はいつも逃げ腰で、先回りをして、自分が傷つく前に樹を傷つけることを言うことがある。樹を傷つく言葉をはいたあと、大きな後悔をして、自分で出した言葉に一番傷ついているくせに。
そんな不器用な千鶴が、いとおしくて仕方がない。
樹の方から解放してしまえば、きっと向こうからは追いかけて来てはくれない千鶴の舌をすり抜けて、今度は口蓋に舌を這わせていく。
それにより更に開いていく口腔全てを丁寧に貪る。内頬に、歯列の裏に、本人ですら届かない場所にまで舌を伸ばして互いの唾液を混ぜ合う。
二人の混じり合った唾液が千鶴の口端から一筋伝う頃には、もうすっかり、いつもの互いの味になっていた。ほんのりと甘く感じる千鶴の味に、ほろ酔いに似た感覚に陥り、大きな心地よさと、燻る興奮感を覚えた。
もっと触れたい。もっと繋がりたい。
熱を分け合うキスをした後は、それだけでは足りなくなる。心なんて目に見えないから、せめて身体だけでもすぐに重ね合わせたい。
後ろ髪を引かれながらも唇を離して、顎まで溢れた唾液を舌で掬い取った。
「千鶴……したい」
「ん…でも…まだシャワー浴びてないから…」
「そのままでも俺は気にしないよ?」
そんな小さな事が気になるはずもない。今すぐ千鶴が欲しい。
「わたしが…気になる…。折角なら、少しでも綺麗な身体で抱かれたいから…」
ずるく可愛いおねだりをされて、無理に事を押し進めることはできなくなってしまった。
千鶴は、いつもどこか冷静で、夢中になる前に必ず立ち止まる。理性なんてなくなるほどに樹の事を求めてはくれないだろうかと願うけれど、まだそれが叶ったことはない。それに引っ張られるように樹もまた理性を取り戻して、昂った熱を下げざるを得なくなる。
「わかった。ごめん、急かして。」
「ちがうの、あの、本当は…わたしもすぐにって…思うけど」
「わかってる。俺が食後の片付けしておくから、先にお風呂行ってきていいよ」
「うん…。ありがとう。いってくるね」
千鶴の潤んだ瞳も、高揚した頬も、少し上擦った声も、名残惜しそうに離れる視線も、全ては樹だけに向けられたもの。その想いが嘘偽りないことも、樹を求めてくれていることもわかっている。
ただ、あともう少しだけ、いや、できれば理性なんて邪魔にしか感じなくなるくらい、もっと強い想いが欲しいという欲望は尽きない。そんな自分自身に、樹は千鶴から気が付かれないように、深いため息をついた。
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