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シャワーを浴びて、ドライヤーも歯磨きも済ませて寝室に行くと、樹の部屋着用のシャツをパジャマ代わりしている千鶴が、ベットの隅で体育座りをしてちょこんと樹を待っていた。一瞬目が合って、そして逸される。
千鶴と向かい合う形でベッドの上に胡座をかいて座った。
膝小僧の間に形のいい顎をすっぽりと嵌め込んでうつむく千鶴の頬に手を添えて、親指で唇をなぞった。
この人から紡がれる言葉が好きだし、この口からしか聴けない声も大好きだ。
でもいくら「好きだ」と伝えても千鶴は眉尻を下げて困った様子で微笑むだけだから、あまり言葉にはしなくなった。同じ言葉が返ってこないことをむなしく感じてしまうのも、己の器の小ささを示されているようで歯痒く思ってしまう。
だから好きだと伝えたくなるたびに、代わりにキスを贈るようになった。思わず溢れ出そうになる言葉を、それを伝えたい相手の唇で塞ぐ。
いつだったか
「樹って、好きだよね…キス。不意打ちで来るから、心臓止まりそうになる」
真っ赤に頬を染める千鶴から、これまたすぐにでも押し倒したくなるような可愛さで、そう言われた事がある。
キスが好きだというよりは千鶴が好きなだけだ。千鶴とするキスだから好きなのであって、そもそも「好き」の言葉の代わりのキスで……。
一瞬のうちにそんな事をぐるぐると考えたけれど、説明したところでどうせ千鶴は戸惑うだけなのが目に見えるから、結局押し倒して愛を伝えた。
あと何回キスをすれば、千鶴は樹の変わらない想いを信じてくれるのだろうか。あと何回繋がれば、樹自身も千鶴は離れて行かないと安心できるのだろうか。
ぐらぐらと揺れるシーソーの上でバランスを取るような夜に、それでも気持ちを重ね合わせたくて、下から掬うようにそっと唇を合わせた。
合わせるだけのところから啄むように、啄むキスから食べるように、食べるだけではやはり足りなくて舌を絡めていく。
合わせたばかりの千鶴の舌は少し冷たくて、そして微かにふるえているような気がした。
こんなにも近くにいるのに違う温度なのが気に入らなくて、舌同士を擦り合わせながら樹の熱を移していく。
静かな室内に聞こえる、唾液が絡まる水音は、まるで頭の中に直接響いているようにも感じる。合わさった唇の隙間から、くぐもった千鶴の吐息が漏れて、その振動すらも快感にすり替わる。
唇を塞いだままでは、千鶴の甘い口腔は味わえても、蕩けていく声を聴くことはできないから、名残惜しいけれど、唇から離れてもっと甘い場所を探っていく。
千鶴のうなじに手を入れて、首筋に舌を這わせて上に向かいそのまま耳輪を擽ると、耳を舐られるのが弱い千鶴が身を捩り始めた。ベッドの外に倒れ落ちてしまわないように、千鶴の身体を掻き抱いて、後頭部を枕に優しく沈める。
安心させるように、千鶴の左手に指を絡めてぎゅっと握った。
安心させたい。そう思う反面、本当は心の底からの安心が欲しいのは樹の方なのかもしれない。
鎖骨に唇を当てて柔らかく噛んでみる。
「んぁ…っ」
この声を聴くと、一度冷めた熱が容易くよみがえる。そこからはつい夢中になって千鶴の身体を貪ってしまうのが常だ。
いつになったら最初から最後まで冷静でいられるようになるのか、いつも甚だ疑問に思う。
早く体温を直接感じたくて、服の裾から手を入れて素肌に掌を這わせた。
柔らかな胸の膨らみを揉みしだき、硬くなり始めた先端の突起をきゅっと摘んで弾くと、繋いでいない方の手で千鶴が自身の口を塞いだ。ならばいっそ、その手ですら塞げないほどの声を出させればいいと、繋いでいた手をほどいて両手で全身を可愛がっていく。
真っ白で柔らかな身体を曝け出して欲しくて、半端に捲っていたシャツを引き抜いた。
「や…。恥ずかしい」
「綺麗だよ、凄く。千鶴の全てを見たい」
二年以上付き合っているのに、千鶴はまだ行為を恥ずかしがる。慣れないのは、千鶴が慣れようとしていないからだと樹は気が付いていた。
唇は吸い付くようにすぐにお互いの形になり、重ねればすぐに馴染む。
どこに触れても可愛く啼いてくれる全てが偽りだとは到底思えないし、樹に至っては、もう千鶴以外を抱くことなんて考えられない。そして、千鶴が他の誰かに抱かれることなんて、想像もしたくない。
こんなにも大切な存在になるなんて、出会った頃は思ってもみなかった。
込み上げてきた愛おしさを、唇と舌と、掌と指と、身体全部を使って伝える作業に没入していく。
どこにどうふれれば気持ちがいいのか、千鶴の声に導かれるように胸の膨らみに唇を寄せた。白と桃色の境目をなぞるように、丁寧に濡らしていく。樹の唾液で光るそこは、濡れることでより色濃く見える気がする。
ほんのりと甘いのも、樹の気のせいなのだろうか。口で可愛がっている方の反対側は指先で弾いて摘む。
一度ぢゅっと吸い上げた実を、つぽっと口外に弾き出して、尖らせた舌先で何度も強く舐った。
「んんっ……!だめ…」
「本当に駄目?」
溢れそうなほどの水分を含んだ瞳でふるりと顔を左右に振る千鶴が、そっぽを向きながら呟いた。
「聞か…ないで」
その可愛い仕種も、途切れがちな甘い声も、なにもかも独り占めしたくて、白く柔らかな膨らみにある桃色の頂の横にこっそりと真っ赤な独占欲を刻んだ。
数日で消えてしまうそれに効果なんてないことはわかっているけれど、千鶴がそれを見るたびに樹に抱かれた熱を思い出してくれればいいと願った。
邪魔な下履きも全て取っ払って、華奢なくびれも、小さな臍も、さらにその下の、千鶴がいつも必ず抵抗を示す秘めたところも、余すことなく舌を這わせていく。
「あっ…やだぁ…んんっ……そこ、汚いから、だめなの…」
千鶴が必死に身を捩る。
「千鶴に汚いところなんてないよ。シャワーも浴びたばかりでしょ」
「やぁっ…そんなこと、しなくても…もう、大丈夫だからっ」
確かに千鶴のそこはもう十分に濡れそぼっていて、すぐにでも受け入れてもらえそうだった。
でも、まだ足りない。千鶴が足りない。
「だめ」と言われるほど「いい」と言わせたくなる。
閉じる足を押し開き、秘部を隠す手を退かして蜜口に唇を寄せると、軽く頭を押されて抵抗されたが構わずに続けた。
「んぁっ!!や…あっ!だめぇ…んんっ!」
「駄目じゃなくて『気持ちいい』でしょ?ほら、簡単に指が入ってく」
「あっ!やぁっ!だ…めっ…、んっ!やだぁ」
内側を優しく撫でながら、敏感な中心部を舌で転がす。これをすると途端に甘く蕩けた声が洩れるから、いやだと言われても説得力がない。
指を激しく抜き差しするよりも、中を優しく掻き回して、持ち上げるように撫でる方がずっと悦い反応を示してくれる。
更に追い打ちをかけるように、膨らみ始めた、隠れていた突起を尖らせた舌先で上下左右に強く何度も弾くと、千鶴の腰がガクガクと揺れ始める。
全部樹しか知らない、樹が見つけた千鶴の悦いところだ。
陰核を吸い上げ、軽く前歯で引っ掻いた。
「んあっ!!まっ…て!やぁ!こわいっ…へんになる…あ、あぁっんっ……」
ビクン、と大きく背中を浮かせて、蜜壁をうねらせながらきゅうきゅうと指を締め付けては緩んでを繰り返してくることで、千鶴が達した事がわかった。
収縮がおさまってきたのを確認してゆっくりと指を引き抜くと、溢れた愛液が引き留めるように樹に絡み付いて、とろりと糸をひく。
乱れていた呼吸が少し落ち着いてきた頃、顔の下半分を両手の指で隠した千鶴がか細い抗議の声を上げ、今にも溢れんばかりの涙を溜めて睨んできた。
しかし、そんな目でねめつけられても余計興奮するだけだ。
「やだって…言ったのに…」
「ごめん。千鶴が可愛くて、止められなかった。気持ちよくなかった?」
「きもち…いいから、やだ。なんか、おかしくなるの、それ。自分を見失っちゃうみたいで怖い……。だから、いやなの」
まるで迷子になった子どもみたいに、心細そうに揺れる瞳。
ひとつ瞬きをした隙に一筋の雫がこめかみに流れていくから、それをキスで捕まえた。そして強く、きつく抱きしめながら頭を撫でた。
「千鶴が自分を見失っても、俺が必ずこうやって捕まえるから。安心しておかしくなっていいよ」
千鶴の両手が、戸惑うように樹の腕の辺りを彷徨っている。
本当に自分を助けてくれる存在なのか疑うように、掴まることも離れることもできずに、膝から二の腕のあたりを緩く往復している。
今すぐ全部を信じて欲しいなんて言わない。でも、この瞬間の今の気持ちだけでも、どうか信じて欲しいと、強く願う。
「俺…千鶴が好きだよ。どうしようもないくらい、大好きだ」
戸惑いを隠さずにいた千鶴の両手がビクッと止まって、耳のすぐ横で微かに息を呑む音が聞こえた。
恐る恐るゆっくり吐き出す呼吸と共に、存在を確かめるように千鶴の腕が首元にギュッとしがみついてくる。
「でも、やっぱり不安なの……」
千鶴が不安になるたびに、樹は自分の未熟さを痛感する。
「だから、少しずつ…で、おねがいします」
それでも、千鶴を手放すことだけは、絶対に考えられない。
「わかった。少しずつ、一緒に慣れていこう」
「いっしょに?」
「うん。俺だって、慣れてるわけじゃない」
まわされていた腕が離れたと思ったら、肩を押されて抱擁が解かれた。代わりに、懐疑と驚嘆を足して割ったような千鶴の瞳が樹を覗き込んでくる。
「うそ。え、本当に?」
対極の言葉を並べて困り顔をしている千鶴を見て、この表情を見られるのも今だけなのだとしたら、これからも躊躇なく「好きだ」と伝えてもいい気がしてきた。
ほんの少しの悪戯心と、余裕綽々だと思われていた腹いせを込めて、千鶴の手を取りさっきから出番を待っている下半身に導いた。
ふれた途端、キュっと握りはするものの、固まってしまう千鶴の手。千鶴の細くて白い指がふれていると自覚するだけで、さらに膨らんで硬くなる、樹のソレ。
樹だって、羞恥心がないわけではない。それ以上に、千鶴を求める気持ちが大きいだけだ。
「ほら、可愛い千鶴を前にするとこうなる。俺だって恥ずかしいと思うし、こう見えても余裕なんて無いんだよ」
顔を真っ赤に染めた千鶴がコクリと頷いて、上目遣いで樹を見遣る。
「わたしだけ、気持ちよくなってごめん。あの、もう…きてください」
いきなり畏まる千鶴が愛おしくて、樹は思わずふふっと笑ってしまった。
「じゃあ遠慮なく、お邪魔します」
「はい」
この期に及んでまだ羞恥に頬を染める千鶴の足を開いて、とっくに準備が整っていた樹の先端をあてがう。
千鶴もまた十分に準備ができていて、軽く擦り付けただけでくちゅりと淫猥な音が響いた。この先に訪れる快楽への期待に背中が粟立ち、ゴクリと飲んだ唾液と一緒に、のどぼとけが上下に動く。
本当に、余裕なんて全くない。
慣らすように少し進んでは戻り、またさっきよりも深く進んでは戻る。千鶴もそれに合わせて吐息を洩らす。
早く一番奥まで突き入れたい、ぐちゃぐちゃに掻き回したい。その反面、ゆっくりほぐしてあげたい、とにかく優しく馴染ませたい。
自ら生み出すジレンマに、理性がジリジリと端から焼かれていく感覚に陥る。
せめて少しでも焼き切れるスピードが遅くなるようにと、静かに息をはき、最奥まで腰を押し進めた。そこで動きを止めて、千鶴に気付かれないように深呼吸をした。
まるで樹の形を覚えようとするかのように、隙間なくきつく締め付けてくるから、堪らない気持ちになる。
「ごめん…あんまり保たないかも…。千鶴のなか、悦すぎる」
「んっ、わたしも…きもちいい…。だから、樹の好きなように、動いて」
さっきまで、ただひたすら恥ずかしがっていたのに、千鶴はたった一言で樹の理性を焼き尽くす。
「千鶴は、ずるいね……」
「え?なに…あっ!んんッ!!」
発言の真意を聞かれる前に、律動を開始して会話を遮った。
樹の心を掴んで捉えて放さないくせに、千鶴はいつでも逃げ出せるように、掴んだそばからするりと擦り抜けていく。
身体を重ねても尚、いつまでも片想いをしている気分になる。
これは決して樹の一方通行なんかではないのだと確かめるように何度も何度も身体を打ち付けた。
「ああっ!んッ…!い…つき、はげし…いっ!んぁっ!」
「千鶴っ…、ちづる、はっ…ぁ」
それでもまだ届いていない気がして、覆いかぶさって唇を塞いで舌を捻じ込んだ。
上でも下でも千鶴の中に入り込んで、口内のデリケートな粘膜をふれ合わせ、二人分の体液を混ぜて注いで流し込む。もっと、もっと千鶴の内側まで入り込みたい。
腰を打ち付けるたび身体がぶつかる音のほかに、繋がっている場所から淫猥な水音が響く。熱く重なる息は、どちらのものかもわからない。
引いても押しても、絡みついて締め付けてくる千鶴の内側が、まるですべて受け入れてくれていると錯覚させる。
つい、言葉や心よりも、身体の方で繋ぎ止めることができるのではないかと、少なくともこの瞬間だけは間違いなく千鶴はここにいると確信を持てるから、終わりたくないと願ってしまう。
千鶴の内側はひどく気持ちがよくて、ずっとこのままでいたいと思うのに、更に上にと昇り詰めたくなり、結局、情けなくも果てが見えてきた。
「ごめん…もう…」
「んっ…だい、じょうぶ……。きて…ぁあっ!」
「ちづる、好きだ……っ!」
「っ…わたし…も、あっ……!んんっ!」
そこに何も残せはしないと理解しながらも、自分を刻み付けたくて、千鶴の最奥で溢れる想いの全てを吐出した。
ドクドクと千鶴の中で脈打つ樹と、それを締め付ける千鶴の熱が重なる。
確かに一つになった鼓動が、それぞれに還ってまた別々になる。
とても愛おしくて、けれど切なくて、千鶴のおでこの汗に張り付いた髪を梳いて耳にかけて視線を絡め取った。
寂しさを誤魔化すように、優しさを込めて唇を触れるだけのキスをした。
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