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気怠げな余韻が心地良い。この疲労感ならいつでも歓迎したい。
千鶴が微睡んでしまう前に、樹はずっと言えずにいた要望を提案した。
「これからは、もう少し頻度を増やしてもいい?」
もそもそと樹の首元から顔を上げた千鶴が至近距離で見上げてくる。
「それって…、その、これの?」
まだ二十代半ばを過ぎたばかりの健全な若者として、そして互いに想い合う恋人同士としては回数が少ないと、実は不満を抱いていた。
「もちろん、嫌なら無理にとは言わないけど。あ、本当は痛い?我慢してる?だったらきちんとその都度言ってほし…」
「ちがうの!あの、それは本当に、なくて…。えと、いつも、ちゃんと気持ちいいです……。すごく…」
千鶴にしては珍しく、口を尖らせる子どもっぽい仕種で、もじもじと呟いた。
「じゃあ、」
「慣れて飽きられるのが怖いの」
被せるように早口で一息で言われた。
きっと千鶴はわかっているのだろう。不安に思っていること自体が、懸命に想いの丈を言葉にしている樹に対して失礼だということを。
それでも、長年放置されてきた千鶴の傷がそう簡単に消えないことを含めて、樹は全部受け止めようとしている。
「慣れるかもしれないけど、飽きたりしないと思う」
千鶴が、それでもまだ不安を拭えない揺れる瞳で樹を窺い見る。
「それに、世の中には飽きないようにできる工夫がたくさんあるんだよ?それも全部試していけばいい。きっと一生飽きない」
「一生、って……。なんか、嫌な予感がするんですけど」
途端に訝しげな表情に切り替わった千鶴が、剣のある言い方で返してくる。そっちの顔の方がよほど心を許し合う関係性な気がして、思わず笑みがこぼれた。
「俺は、千鶴が気持ちいいことしかしませんよ」
「いやぁ、えっと、あの……。お手柔らかにお願いします」
「善処します。とりあえず、今からもう一回しよう!」
「えっ!?」
今度は「冗談でしょう?」と言わんばかりに目をパチクリと見開いている。きっと、もともとが素直な性格だから、くるくると目まぐるしく変わるのが本来の千鶴の表情なのだ。
「これでも、今まで結構我慢してた。少しずつ慣れてね」
「う……善処、します」
未来を見据えた二人の時間は、まだ始まったばかりだ。
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