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復讐、解禁。
この日を、ずっと待っていた。今日ばかりは命を他人の手に委ねたくなくて、ここまで自分の足で歩いてきた。
下ろしたてだった革靴は皺だらけになり、泥と砂に塗れて白い粉をふいている。買ったばかりの黒いスーツも、すっかり着崩れて肩のラインがずれてしまった。だが、そんなことはどうでもいい。
上がった息が整うのも待ちきれず、俺は身体を二つ折りにして覗き込んだ。男は、純白の世界に横たわっていた。三十年ぶりに見る男の顔は、想像通りの老いが滲み出ていることを除けば、俺の記憶の中にあるのと同じだった。
三十年前、女を孕ませたと告げてきた時と同じ、至極穏やかで、微笑んでいるようにも、困ったようにも見える顔。
うっかりノスタルジーに乗っ取られそうになる思考を叱咤し、手の中でずっしりと重みを増していた斧を握り直す。二十年前に用意したきり一度も使ったことのなかったそれを、俺は勢いよく振り上げた。
「有賀さん!」
聞き覚えのある声が、俺の動きを止めた。口の中から一気に水分が干上がり、急に舌の動きが悪くなる。首筋が激しく脈打ち、空っぽの胃から酸っぱい液体が迫り上がってきた。
忘れるはずがない。
この声は、あいつのーー
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