彼女の行方

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 詩帆はずっと吐き気を堪えている。  バーで謙人と並んで座り、もったいぶって切り出された話を聞き始めてからずっとだ。  まさかいづみの写真を見せられるとは思っていなかった。いづみと拓真の写真を、彼がいつ撮っていたのかは不明だ。拓真の服装はモノトーンのネルシャツにブルゾンにジーンズ、つい昨日会ったときにも着ていたものだった。  だから詩帆は、自分でなければ騙されていたかもしれないと思った。隣に写っている女性がいづみであると一目で判断できる自分でなければ、確かに、謙人の思う通りになっていたのかもしれなかった。  ガムテープとスタンガン。ひとまず役割を終えたそれらをハンドバッグにしまい、詩帆は床に落ちたコートを拾いあげた。落ち着いた仕草で埃をはらう、その足下には謙人が転がっている。手足を拘束されて芋虫のようにもがいているが、詩帆からは顔は見えなかった。 「いづみを連れ込んだのもここですか」  問いを投げかけつつ、コートのポケットからスマートフォンを取り出す。手早くメッセージを送信すれば、間をおかずに「既読」の文字がついた。ふう、と息を吐く。  詩帆の口からその名前が出たことに驚いたのだろう。謙人は身じろぐのをやめ、上体を精一杯ひねって、顔を詩帆へと向けていた。こぼれんばかりに見開かれた両目、テープで封じられた口。  一瞬、詩帆は、その顔面を蹴り飛ばしてやりたい衝動にかられる。  脱いだばかりのヒールを履き直し、原型をとどめていられないほどに踏みにじってやりたい。造形だけ整っているそれをぐちゃぐちゃに潰して、腐った性根にふさわしい姿にしてやりたい。  脳を焼き焦がしそうなほどの憎悪を、しかし、詩帆は吐き気と共に押しとどめる。  男が視界に入らないよう背を向け、目も閉じて深呼吸をした。そうしていづみの顔を思い浮かべれば、胸の内にあふれるのは悲しみだ。憎悪よりも強く深く、それでいて、この男に向ける殺意と表裏一体のものだった。  暗い廊下で詩帆はしばらく静かに立ち尽くしていた。  横たわった男の荒い鼻息が耳障りだが、それとは反対側から聞こえるかすかな物音を察知し、顔を上げた。  耳をすませば、やはり聞こえる。近づいてくる足音だ。玄関のドアを見つめながら、詩帆は謙人に話しかけた。 「ねえ、知らないんでしょう? なぜいづみが、あなたの前から姿」  詩帆は想像する。エレベーターではなく階段を使い、いづみがここまで昇ってくるのを。そしてこの部屋を目指して一歩一歩、ゆっくりと歩いてきて、やがて立ち止まるのを。いづみはすんなりとした細い腕を持ち上げ、インターホンに手を伸ばす。  ――ぴんぽーん  暢気な音が鳴り響いた。芋虫状態の男の身体が無様に跳ねる。詩帆は玄関へと歩み寄った。内鍵に手をかけ、解錠する。
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