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あの日から
学校から帰って夕食を作って、彼の帰りを待った。
いつもなら8時頃には帰るのに、10時を過ぎても帰ってこない、メールをしても電話をしても応答はなく既読にもならないメールを送り続けた。
眠れないまま朝になって、何度も携帯を見るも着信もメールも来ていなかった。
学校を休んで彼の職場へ行った、名前を告げて彼を呼び出してもらう・・・・・受付の女性の返事は衝撃的だった。
「久我山一聖さんという方はいらっしゃいません」
「いない?」
いないという事実が受け入れられなかった、朝スーツを着て部屋を出た彼はいったいどこへ行っていたのだろう。
いつも変わらず笑顔でキスをして部屋を出た後、帰宅するまでの13時間余りいったいどこにいたのだろう?
次の日は朝から駅に行った、彼が毎日通勤していた駅に始発から終電まで椅子に座って行きかう人を見ていた。
次の日も次の日も3日続けて駅に行った。
次の日は学校の図書館や学食を見て回った、昔僕たちが通学していた時になじんだ場所。
何処にも彼はいなかった。
次の日は一日中部屋に居て彼の帰りを待った・・・・・ドアの外の微かな音にも敏感になりドアを開けて見た・・・・・誰もいなかった。
聞こえない音が聞こえ、鳴らない着信音が聞こえた気がして、携帯を見る。
頭がどうにかなりそうだった、何処を探していいのかすらわからなかった。
彼との写真が一枚もなかった・・・・・いつも一緒に居たから写真を撮ろうなんて思わなかった。
彼の存在した証・・・・歯ブラシ、マグカップ、スーツ、ソックス、下着・・・・・が残されていた。
彼は何も持たずにいなくなった・・・・・
1週間が過ぎてまた学校へ通い始めた、彼のことを待ち続ける時間がつらく悲しく一人でいることが耐えられなかった。
研究室へ行けば少しは気がまぎれると思った。
季節は変わり、年が変わって、僕は彼と一緒に居たことさえ自分の妄想だったのではと思うようになった。
あんな素敵な人が僕なんて相手にするわけがない、初めて会って一目ぼれをした僕はお互い好きになったと思い込み、その思い込みはさらに激しくなって一緒に住んでいると妄想したのではないか?
好きな人と暮らすために歯ブラシを買い、マグカップを買って彼のためのスーツを用意して、僕はある時から彼との暮らしを妄想していたのではないか?
そしてあの日現実を知った僕は彼が目の前から消えたと、自分を納得させた・・・・・
彼との暮らしは僕の夢が作り出した妄想だった・・・・・だから・・・・一緒に写った写真がないのだと・・・・
一緒に暮らしたマンションは老朽化で取り壊しが決まり新しいマンションに引っ越した。
彼の私物だと思い込んでいたものは段ボールの箱に入れて引っ越し先のクローゼットの奥にしまい込んだ。
彼との暮らしが妄想だったと気が付いてからは、僕の気持ちは軽くなった。
研究も捗り学生たちにも明るく接することができた。
そして8年目の今日彼の載った本を見た、プロフィールには大学を出て3年間イギリスへ留学したと書かれていた・・・・・やっぱり僕たちは一緒には住んでいなかった。
僕の憧れの久我山一聖は老舗酒屋の三代目だった。
僕の知ってる一聖は両親も兄弟もなく、夏休みも年末年始もアルバイトをして実家はないと言っていた。
僕の妄想の彼と現実の彼は少しだけ違っていた・・・・・
現実の彼は結婚をして家庭をもって幸せに暮らしていた。
本で紹介されていた若き経営者の久我山一聖は素敵な大人の色香漂う男だった。
本屋で買った彼の載った経済誌は捨てた。
あの写真の彼は僕の知ってる彼ではなかった。
8年も前の妄想の中の彼の顔を僕は忘れてしまったのだろう・・・・・
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