1人が本棚に入れています
本棚に追加
放課後
「何こいつ……気持ち悪くね?」
「今日めっちゃ機嫌良いな、隼人!」
「俺今日無敵だからな……」
「あははっ、良い顔だね、隼人」
放課後、俺は軽蔑の目を向けられることなくこの三人と歩くことが出来ている。
いろんな試練があった手紙回収だったが、無事達成できた今考えればそれもスリル満点のドラマだっただろう。十八歳初日、良い日を迎えられたのではないだろうか。
祝ってほしかった奴らに祝ってもらえなかった傷もまだあるが、こうやって遊べるだけでいい。そうだ、どうせこの後ファミレスにでも行くんだから奢らせてやろ。そうしよ。
「どこ行くんだよ、東雲」
いつも通り路地を右に曲がろうとした俺は、呼ばれたことに気が付いて振り向く。いつも立ち寄るファミレスがあるのはこの先なのに、三人は逆側へ行こうとしている。
てっきりいつも通りと思っていたがそうではないらしい。三人が行こうとしている方角は、ただの帰宅の道。
え、今日遊ばねぇの……?
「今日は竜の家で勉強しよう、って」
「あ、そうなのか?」
「言っとけよ大西」
「いやーすまん! オレんち行こうぜ!」
急降下していった俺の感情は、南条の説明でまた急上昇していった。
なんだ、遊ばない訳じゃなく場所が違うだけか。柄にもなく嬉しくなって駆け足で近寄れば、南条が微笑ましそうに笑ってきた。
南条だけだろう、今の俺のテンションに気が付いているのは。なのに誕生日には気づかないってどうなんだよ、南条。
「オレんち、もう弟たちいるけど」
家の前についたその時、大西が振り返ってそう言った。
大西の家に来るのは初めてではないし、もちろん弟たちのことも知っている。なんなら弟たちと一緒に遊んだことだってある。
だからこそわかる違和感に、俺は首を傾げた。三人の弟がいるにしては異様に静かだ。
「なんか今日、静かだな?」
思わずそう零せば、大西はにやりと楽しそうに笑った。その意味を問いかける前に、堀北と南条に肩を掴まれる。
「え、なん……」
大西がドアを開けた瞬間、堀北と南条によって前に押し出される。
瞬間響いたのは、何発もの破裂音だった。
「はっぴーばーすでー! はやとー!」
「おめでとー! はやとー!」
「おめーとー!」
続いて聞こえてくる舌ったらずな声たち。驚いて閉じてしまっていた目を開けば、クラッカーを持った大西の弟たちの姿。その後ろには、折り紙の輪っかなどで飾りつけされた広いとは言い難い部屋。
「え、……」
「うはは! 元々サプライズで用意してたんだけど、不安がらせてごめんな!」
驚きで漏れた声に反応した大西は、中に入って弟たちの頭を撫で始めた。がさつなその手つきでも、嬉しそうな弟たち。
南条と堀北に押され、俺も飾りつけされた部屋の中へと入っていく。弟たちが用意してくれたのか、少しいびつなパーティー会場がそこには存在していた。いや、それよりも。
「不安がらせて……」
「三枚も使ってアピールしてくれちゃってなぁ、相当不安にさせたんだろうなぁ」
うんうん、と何度も頷く大西に、俺は全身の血の気が引くのが分かった。家に帰って破棄しようと思っていた手紙を取り出せば、無事手元に三部ある。
だけど、そのうちの一枚はしっかりノリが貼られていて……。あれ、俺、ノリで貼った覚えねぇ……。ほかの二つも、ノリで貼られていない。
「気づくだろ普通」
呆れたような堀北の言葉に、俺は勢いよく大西たちを見た。
ニヤニヤしたような顔の大西と堀北。そして申し訳なさそうな南条の顔。
「み、見たな……ッ!」
「ご、ごめんね、朝は本当に見てなかったんだけど……その後、竜に写真見せられて……」
「随分熱烈だったなぁ、東雲く~ん?」
ネタが増えたとご満悦な堀北に肩を組まれて、体温が一気に上昇していくのが分かった。これは見られた恥なのか、それとも怒りなのか。十八歳になりたての俺には分からなかった。
「十八歳になった東雲くんのために、俺らが用意した誕生日プレゼントやるよ」
堀北の宣言に、俺は思わず目を輝かせる。だが、顔を上げた途端にその希望は無くなった。
堀北の手にあったのは、ルーズリーフ。微かに透けて見えるのは、そこに書かれた文字列だった。
嫌な予感がして、思わず堀北を見る。
「熱烈な手紙には、ちゃんとお返事しなきゃな?」
にやりと笑った堀北に飛びかかろうとすれば、素早く大西が肩に腕を回して座らせてくる。さらには、弟たちまでもが膝の上に乗ってくる始末。くそ……無駄に良い連携……!
「拝啓東雲様。お手紙ありがとうございます。とても熱烈で、僕たちのことが大好きなんだということがしっかりと伝わる内容でした」
「うわー! バカ! もうバカ!」
「うははッ! 堀! 続きはよ!」
「えー、勘違いしているようですので、ここで一つずつ東雲くんの文句に返事していきたいと思います」
大西のヤジを受け、堀北の表情はどんどん良いものになっていく。虐めてそんな良い表情出来るとか、お前ほんと性格悪いな!
「『大西が告白された件を俺だけが知らなかった』については、律も知らなかったです。こいつは勝手に悟っただけです。勘違いしないでください」
「えっ! 南条も知らなかったのか!?」
「うん。聞いてなかったよ」
「それから、『体育祭後の打ち上げに呼ばれていなかった』の件も俺たちは誘いました。その時荒牧さんに見とれていたお前が聞いてなかっただけです。人のせいにすんな」
「うぇ……嘘……」
「あん時の隼人ほんときもかったもんな! しっかり鼻の下伸びてたぜ!」
「はやとへんたいー!」
「へーん!」
堀北の手紙は、それはそれは丁寧にお返事してくれていた。
『二年の修学旅行の夜、土産コーナー行くのに置いて行かれたのは寝落ちしていただけ』『連絡アプリのグループ退会は自分でキャンセルしてただけ』など、手紙に書いた恨みつらみをことごとく論破されていく。
「それでも僕たちと一緒に居てくれた東雲くんだそうですが、これを聞いてどう思うのでしょうか。楽しみです」
締めのように話した堀北に、俺は思わず南条の方を見る。南条はその視線に気が付いて、眉を下げて笑った。
「僕らも次の出来事があると忘れるから、伝えてないこといっぱいあったんだよね」
「そ、そん……」
堀北が言ったことはすべて事実だと暗に言われ、俺は肩を落とした。祝ってほしいがために、今まで起こった俺の我慢歴史を書いたのにそれは間違いだったらしい。すべて自業自得の賜物……。
むしろ、こいつらはよく俺と一緒に居てくれたな……。
「最後に」
「え……」
完全に終わったと思っていた堀北の返事は、また続きがあったらしい。
「東雲くんは俺たち三人との思い出を事細かに覚えていてくれたようですね。本当に大好きなんだなと思いました。来年も待ってます」
「もういっそ殺してくれ……」
最後に大爆弾を落とされた俺は、項垂れるように大西弟を抱きしめた。キャッキャと無邪気にはしゃぐ弟に癒されつつも、少しだけ涙が出そうになった。
恥ずかしいやら何やらの感情もあるが、こいつらはあの手紙を読んでなお一緒に居てくれるんだ。夢の中のように嫌われることだってあっただろう。だって、過去の嫌だったことを書き出して送り付けてんだぞ。よく考えなくても気持ち悪いだろ。
「乾杯しようぜー!」
「俺ケーキいらねぇ。やるよチビ」
「竜、布巾ってどれ使っていいの?」
でも、こいつらは『来年も待ってる』って言ってくれた。来年もあるんだ、俺たちには。あぁ、こいつらの良いところを再確認できたから、あの手紙も見られてよかったのかも……。
「おい! 結局『おめでとう』言われてねぇじゃねぇか! 言えよ!」
大西の弟たちにしか言われてねぇ! 恥をさらしただけになってる!
そう叫べば、狭い部屋の中に笑い声が響き渡った。
終わり
最初のコメントを投稿しよう!