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序章
「この手紙を読んだら、あいつら絶対平謝りするぜ……」
学校の朝の時間程だるいものはないと思っていた。だが、今日この時だけは違う。
本日めでたくも十八回目の誕生日を迎えた俺・東雲隼人は、日付が変わる直前からスマホを
握りしめてベッドの上で待機していた。
何を待っていたかって? 決まってるだろ、『おめでとう』のメッセージだよ。
いや、べつに絶対欲しいわけじゃない。あわよくば、くれればいい。
普段俺のことを浅く見てくるやつらも、この日に限っては俺に時間を割いてくれる。
というのは小学校の時の思い出。今は祝ってくれるやつなんていない。そもそも、俺の誕生日を知っている人はおそらく学校で三人のみ。そう! いつも絡んでいる三人は知っている!
なのに!
その三人から一向にメッセージが来ない!
高校一年生で同じクラスになって以来、ずっと一緒に居る大西、堀北、南条の三人。
一時を過ぎても、二時を過ぎても一切来ず、気になりすぎて眠れなくなった三時を過ぎても、誰からも来なかった。
いつも一緒に居た友達だぞ? 学校という小さくも立派な社会にもまれながら毎日毎日切磋琢磨して一生懸命生きてきた仲間だぞ! そんな仲間が誕生日を迎えたなら「おめでとう」の一つくらいあるだろ!
確かにお祝いメッセージは毎年なかったし、お土産を送り合う仲でもないのは承知の上。でももう三年。三年間も一緒に居ればそりゃ思い出くらいあるだろうが! お前らが覚えてなくても俺が覚えてる!
そんな熱い感情で思い出を蘇らせるような内容とちょっとだけ祝ってほしいという可愛らしいお願いを込めた手紙を、俺は三枚もしたためてコピーし、あいつらのロッカーに入れてやった。どんなふうに謝ってくるだろうか。真摯に謝って来たならば、まぁ、ファミレスを奢らせるくらいで許してやろう。俺は心が広いからな。
あぁ、朝日が祝福してくれているようだ……。今日は朝早かったからな、少し居眠りするくらい許してくれるだろう。なんたって、俺、誕生日だから! もしかしたら、手紙を読んだ南条あたりが謝りに来るとき起こしてくれるかもしれないしな!
「おかしい……なんでだ……」
朝どころか、放課後になっても誰も来なかった。確かにロッカーに入れたはず。あんな熱い手紙を見て心動かされないはずないだろう。自分の過ちに気が付いてすぐ謝ってくると思ったのに。まさか、誰も気づいていないのか……?
そう思って、俺はいつも帰りに待ち合わせる下駄箱へと降りた。そこには、すでに集まって談笑している三人の姿。
「おい、お前ら!」
何も変わっていなさそうな雰囲気を感じ取って、少しだけ苛立つ。なんだよ、俺は今日一日やきもきしてたのに、お前らと言ったら。
「あ? ……あぁ、東雲か」
堀北の肩を掴んで振り向かせれば、鋭い視線がぐさりと刺さる。
……あれ、こいつこんな冷たい目してたっけ。
「何? 痛いんだけど」
「え……」
目だけじゃなく、声までも冷たい堀北に、変な汗が伝う。優しいやつではないけど、こんなに冷たい印象も無かったのに。
「なん……どうしたんだよ堀北、なんか、すげぇ怒ってんじゃん……」
「は? お前がそれ言うわけ?」
「え?」
堀北の冷たすぎる目に耐え切れず、隣にいた南条に助けを求める。いつも喧嘩すると仲裁に入ってくれていた南条。だけど、今日は違った。
求めたはずの視線を逸らされてしまう。
「ちゃんと言ってやんないとわからんだろ、こいつには」
代わりに声を上げたのは大西だった。いつもバカみたいに大声をあげて笑うくせに、今はつららのように鋭く低い声。
「お前、気色悪いわ。誕生日ごときであんなストーカーみたいな手紙入れるとか何なの? めんどくせぇ彼女かよ」
ため息交じりに言われた堀北の言葉に、頭をハンマーで殴られたような感覚がした。
誕生日を祝ってほしかった。ただ、それだけだった。だって、来年は一緒に居れるか分かんなかったから。
一回だけでいい。今年だけでいい。いつも一緒に居たこいつらに、俺を認めてもらえた気になりたかった。
「一生俺らに近付くなよ」
それが、気色悪かったのか。
「うわーッ!」
ガタン、と大きな音で目が覚めた俺は、思わず叫ぶ。起き上がった先に見えたのは、いつもの教室だった。人が増えてきて、ざわざわと賑やかになりつつある教室。叫んで起きた俺に対する視線が痛い。
「夢……?」
バクバクと嫌に脈打つ心臓を抑えながらスマホで時間を確認する。朝の八時。日付は、俺の誕生日のままだった。
「よ、良かった……」
正直、生きた心地がしなかった。あの三人に嫌われるって相当だぞ。考えもしなかった。
でもそうか、あの手紙は三人を怒らせかねないのか。きっとあの夢は神様が教えてくれた予知夢なのかもしれない。あの手紙はまずいのだと……。
「あれ……」
まて、待て待て待て。夢? どっからが夢だ? 手紙を書いたのは確かだ。だって、俺は今学校にいる。いつもよりずっと早く。
「な、ない……!」
カバンを探っても、ポケットを探っても、手紙は存在しなかった。
さぁ、と体全体の血が抜け落ちる感覚。
まずい、三人のロッカーに入れたところまでは現実だ……。
「まずい……正夢になりかねん……!」
時刻はただいま八時ちょっと過ぎ。
鐘が鳴るまであとニ十分。それまでに、あの手紙を回収しなければ……。
でなければ俺の誕生日が……いや、今後一切の俺のスクールライフが死ぬ!
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