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姑の節子は、万結との結婚を快く思っていなかった。家柄を重んじる考えで、庶民の万結が平井家に入ることに激しく反対したが、長男で跡取りの辰巳が譲らな
かったため、不承不承結婚を認めた。家父長制のいわゆる男尊女卑を貴ぶ考え方が、節子の首を縦に振らせたのだが、この古い仕来りが万結には重石となった。
跡取りの男児を産まなければならない。男の子を産んではじめて、平井家の中に自分の居場所ができる。男児を産んでようやく、平井家の一員として認められるのだ。
結婚後しばらくは、辰巳は毎晩のように万結を求め、万結もそれに応じていた。しかし、何年経っても子供を授かることはなかった。辰巳はおもちゃに飽きた子どものように、万結に指一本触れなくなり、寝室も別々になった。その一方で辰巳は、東京で愛人を作り週刊誌にスクープされた。二十代の若い女と高級ホテルから時間差で出てきたところを隠し撮りされたもので、昼のワイドショーで取り上げられたが、すぐにその話題は世間から消えた。辰巳が所属する自由党が局に苦情を入れたであろうことは、万結にも察しがついた。それだけ自分の夫は、党にとって重要な存在だということだが、万結は悔しかった。なんでもっと追及しないのかと。もちろん地元のローカルテレビでは、一秒も放送されなかった。
ある晩万結は、帰省していた辰巳に思い切って訊いた。辰巳は、「おまえ、あんなデマ信じんのか」と、一言吐き捨て家を出て行った。
翌日姑の節子に呼ばれ、
「あの子のやることに口出ししないでちょうだい」と、厳しく説教された。姑が夫婦の会話を盗み聞きしていたのか、夫が告げ口したのかはわからなかったが、この家に自分の味方がいないことだけは、はっきりとわかった。
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