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秋の臨時国会を一週間後に控え、平井辰巳は慌ただしい日々を送っていた。そうした中、家政婦の菜々美から、「折り入ってお話があります」といわれ、辰巳はリビングの椅子に腰を下ろした。
辰巳は「どうした?」と、さぐるように訊いた。菜々美が思い詰めたような顔つきだったからだ。
「はい……家政婦を辞めて田舎に帰らせていただきたくて……すみません」
菜々美は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「え? ちょっと待ってよ、急すぎるだろ」
「それが……父が急に倒れて寝たきりになってしまって」
「え、お父さんが? いつ?」
「三日前です。母から電話でお父さんが脳梗塞で入院したって連絡がきて。私も驚きました」
「そんな……僕は菜々美と一緒になりたいって言ったじゃないか。お父さんの容態が落ち着いたら帰ってくるんだろ?」
菜々美は黙って顔を横に振った。
「私とのことは……無かったことにしてください」
「いや駄目だ! そんなの認められない」
「辰巳さん、無茶いわないで。あなたには奥様もいるし、私には父が大切な家族なんです」
「そんな……菜々美……」
その後も辰巳は懸命に説得を試みたが、菜々美の意志は固かった。
一週間後、菜々美は田舎に帰り、辰巳は失意のまま東京の議員会館に向かった。
ところが、国会が始まって数日後の夜、執務室にいた辰巳は母の節子からの電話に耳を疑った。
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