恋色に染まってオツ

1/5
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 彼女を俺色に染めたい――。  それはありきたりな恋の口説き文句であったが、要するに、俺だけを見てほしいって気持ちだ。  彼女もそう思っているに違いない。  染まる――。  きっとそうだ。  俺色に染まりたいと――。 「……」  ああそうだ。  しかし俺は、彼女を前にして何も言えなかったのだ。  なぜならば、俺はその『俺色に染まった彼女』という存在をすでに手に入れているからだった。  心の中で――。 「おい」  俺の妄想の中で、あんなことをしてる俺と彼女。 「目を、覚ませ――!」  現実の彼女を目の前にして、そんな妄想はやめろ!  さらに俺の妄想の中で、こんなことをしてる俺と彼女。  妄想が止まらないので、俺は自分の頭を殴りつけた。  ゴンッ!  鈍い音がした。  痛かった。  そう。  時にはケンカすることもあるのだ。  食器が飛ぶほどの。  なんだそれは。昭和って時代の夫婦喧嘩か。  しかし俺の妄想は収まらない。  俺はもう一度自分を殴る。  ゴンッ!――さらにもう一発。  ゴガッ!  顔が血に染まった。 「アホ?」  いつの間にか、彼女が俺の目の前から消えていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!